阪神淡路大震災から18年 | リフォーム屋たっちゃんのでっかく生きよう!

リフォーム屋たっちゃんのでっかく生きよう!

大阪市西淀川区、淀川区、西区、中央区、尼崎市、
豊中市で住宅、マンションリフォームでお馴染みの、
リフォームワーク 舘慶仁の日々の出来事を綴る日記です。
リフォームの事、プライベートな事、色々西淀川から発信するのだ。

一昨日は阪神淡路大震災発生から18年になりました。

18年前の発生の日の朝の事は今でもよく覚えています。


当時、私達家族はリバーサイドビラ姫島というマンションの10階に住んでいました。

息子は3歳、娘は嫁のお腹の中にいました。

朝方気持ちよく寝ていたら、嫁が大声で叫んでいたので目が覚めました。

すごい勢いで部屋が揺れているのでベットの上で息子と嫁の上に覆いかぶさり、しばらく揺れが収まるのを待っていました。

本棚は倒れ、冷蔵庫から卵が飛び出して床で割れていました。

しばらくすると大きな揺れはおさまりました。

あわててテレビをつけるとNHKの神戸支局の様子の映像が何度も放送されていました。

部屋の外に出てみるとマンションのエレベーターは止まってました。

それからそのエレベータが動き出したのは10日くらいたってからの事でした。

その後小さな揺れは何度も続きました。

数時間後に見るテレビの映像は衝撃的なものばかりでした。

週に何度も通る阪神高速神戸線、阪急伊丹駅、神戸市長田付近の大火事・・・

そしてその後の阪神間の大動脈、国道2号線と43号線の渋滞は2年以上も続いていた記憶があります。


私は当時は商業施設用のディスプレイ商品の販売や施工をしていましたが、この震災をきっかけに便利屋という仕事を開業、そして住宅リフォームを生業にすることになりました。


この18年間は震災の復旧の手伝いを少しだけ手伝い、あとは阪神間のお客様に助けられながら、住宅リフォーム業を営んできたように思います。


この18年でこの阪神地区、特に神戸は見事に復興に成功しました。

東北もまたゆっくりと復興の道を歩んでいくのだと思います。

それだけ人間は計り知れない力を持っているのだと思います。


先の見えないこんな時代ですが一歩一歩、ゆっくりと力強く歩んでいこうと思います。


当時3歳だった息子ももう21歳。

彼にも18年という月日が流れています。

若者が一番大変な時代かもしれないけど、彼にもまた一歩一歩力強く歩んでもらいたいと、あれから18年経った今そう思います。


img004.jpg


18年前の震災後の写真、自宅マンションで・・・

息子3歳、私29歳。



富と豊かさが怒涛のように皆様のもとに来ますように!


大阪市西淀川区、淀川区、西区、中央区、豊中市、尼崎市でリフォーム工事を展開するリフォームワーク


大阪市周辺及び豊中市、尼崎市の方へ浴室リフォームキャンペーンを始めました


bath_banner.jpg


弊社施工例を見る


会社案内



スタッフ紹介