(国民年金)基礎年金は支払うか免除申請しておきましょう、と後半に詳しく。 | ピグ充日記〜発達障害のある大人がリア充を目指すページ〜

ピグ充日記〜発達障害のある大人がリア充を目指すページ〜

実はピグはずいぶんご無沙汰。ここは発達障害のある大人がリア充を目指すページに生まれ変わりました!

今年もここは続けようかなと思いました。まあ、かなり間があくことも多いとは思うのですが、「本家」サイトよりも、こちらの方が発達障害について書きやすいような気もします。写真なんかも選ぶ必要がないし。

ところで話がまったく違うのですが、「リア充」というのは、ぼくは単に「現実の生活が充実している」という意味でこちらでは使っているのですが、実は「現実の生活が充実している中にパートナー的な確固たる!存在がいる」という意味だという説もあるようです。すると自分の場合は・・・。
とりあえずそこはあんまり考えないで、自分なりの解釈、前者の解釈でいこうかなと思います。

若い頃、もうかなり前、何十年も前のことになりますが、なぜその頃に発達障害がわからなかったのかというと、当時は知的障害のない発達障害というものの存在が、専門家でも認知されていなかったということは前の記事でも書いたと思います。身体障害者の方はともかく、知的障害があれば小さな頃からそれとわかりやすいので療育手帳を取得しておいて20歳から障害年金も受けることができます。でもこれが不要なほど働ける人も多いようです。知的障害のある方というのは、それはそれで世の中にそれぞれに向いた仕事というのが割合あるようです。身体障害のある方もバリアフリーや内部障害の場合にその対策さえとられれば、活躍できる場も見つけやすいのは、一般的な事業所の障害者枠の中心を身体障害者が担っているという事実からもわかります。それは現代の障害者福祉、特に戦後のそれが身体障害から始まって、さまざまな社会生活を補完する制度をそれぞれの方々が実現する努力を重ねられたからだと思います。

精神障害者の場合はどうでしょう。こちらは20世紀の終わり頃までは、法的には「障害者」とも認められていませんでした。それには、「病なのだから永続的な障害者とは認めづらい」という面もあったでしょうし、おそらく偏見もありました。けれど「障害者」の定義が再度見直されてから精神保健福祉手帳制度ができ(これに反対だという方も依然としておられるでしょう。)、「ノーマライゼーション」という言葉が流行り、誰もがこの社会で同等に活動できるようにするという風潮が高まるにつれて、身体障害や知的障害には遅れをとった(とらされた)ものの、自助グループ(患者家族会など)もあちこちで生まれ、無認可ではあるけれども作業所が出来たり、家からでて「たまれる」居場所ができたりしました。今では、基本的にはこれら三障害の区別なく福祉施設利用もできることになっています。

これらのことから、「障害」という概念が「生活のしづらさ」と同義であると解釈し直されてきたのだなということがわかります、自分には。
一口に身体障害といっても、あるいは知的障害、精神障害といっても、個々人によってそのありようは様々だし、三つだけに括ることができない。結局、個々人の特性に合わせて活用する社会制度や施設も異なってくる、あくまで個々人の特性に合わせてサービスを受ける、社会参加するという流れになってきました。障害を重ねてもつ方もたくさんおられるわけですしね。

そこで、知的障害のない大人の発達障害の場合、現在は精神障害の範疇に制度的には入っています。確かにかかるお医者さんは精神科の場合が多いわけですし、多くの知的障害のある方もおそらくそうだと思います。ただ、最初の方に書いたようにかなり年齢を重ねてから精神的症状に隠れていた発達障害がわかると、これはいろいろと社会的に不利な、あるいはこれまでも不利な状況に置かれてきたんだなということを実感します。

つまり小さな頃は、「この子は周りの子と比べると動作も遅いし理解や関心も偏っているなあ、協調性がないなあ」という評価を受けやすかったりする。ただ、このことも家族や周囲の理解が深ければそれだけ本人の「自分はなんかおかしい存在と見られているみたいだぞ、いやだな」という気持ちは軽減されるか、人によっては元から他からの見られ方など気にしないという方もおられます。そういう方は学校生活でいじめなどにあってもなんとか社会に脱出!して自分の特性に向いた分野、子供の頃から関心の高かった分野で仕事が継続できる可能性が増します。

一方で、他からの見られ方に敏感な層というのも存在するように思います。要するに自分はそうでした。タイプでいえば「受動型」とでもいうのか。こちらのページから引用させて頂くとするなら、

「他の人に自分から関わっていくことはしませんが、他の人からの接触は嫌がることはありません。言われたことには何でも従います。
最も問題行動の少ないタイプです。
しかし、嫌なことも受け入れてしまうので、負担がかかり、パニックを起こしてしまうこともあります。」

これは自分には覚えのある表現です。子供の頃から近寄ってくる人を避けることはしなかった。なるべく「良い顔」をしようとしていた。嫌なことでもつきあった。この傾向は大人になってもかなり続いたし、一部今でもそういうところはあります。これは他の方からしてみると「いい人」です。ただ、「利用しやすい人」とも言えるし、「利用価値がなくなれば離れても問題ない人」でもあります。ちょっときつい表現ですけど、世の中きびしい人も多いですしね。

実際、そういうことも多く経験してきました。言い換えると「自分がない」という状態になるわけです。一人で好きなことに熱中している時にはそれなりに楽しい。けれど社会というのは結局人とのつながりのことなので、小さな頃には学校というものがあり、大人になれば仕事やその他、いろいろとつながらないとやっていけないことばかりが出来てきます。周りがこちらも非常に尊重してくれる人ばかりであれば問題も少ないのでしょうが、先ほど「世の中厳しい」と書いたとおりで、そういうことはあり得ない。むしろつきあうメリットがないなら放られてしまう可能性が高い確率ででてきます。すると学校も行きづらいし仕事にも行きづらい。で、ひきこもり生活に入ったりすることになるわけです。自分がそうでした。

最もつらいのは社会的にはそういうことであるし、個人的には先の受動型の定義に合った「嫌なことも受け入れてしまうので、負担がかかり、パニックを起こしてしまうこともあります」という部分です。このパニックは確かにありました。小さな頃から家ではよくかんしゃくを起こしたり暴れたりしました。また不意にこの世界から切り離されたような哀しみを覚えることがよくありました。実際にひきこもってしまって家族にもその原因への理解がなかったので社会から切り離される時期を長くもちましたしね。でも学校生活は、少なくとも高校の終わりまではなんとかがんばったのです。そういうパニックの経験をしながら。いじめや嫌がらせも受けながら。

その後、つい5年程前まで自分の発達障害はわからなかった。精神科で「対人恐怖」やら「過緊張」やらの診断を受けて対処療法的な措置を受けながら「がんばれ、がんばれ」という人もいれば「休んでも良いんだよ」とか「あなたらしく生きるのが一番」とか、まあ、いろいろ人からは言われるのですが、自分ではこの社会、世界というのはなんだかいい経験もないし、モチベーションの下がる環境であり続けてきました。

これ、社会的に不利な状況に置かれて来たってことですよね。そしてようやく障害がわかっても、こちらも医療面では対処療法的手段しかなく、主体は自身の障害をふまえた経験の積み重ねと努力、そして周囲に配慮を求めるということを、求められるわけです。つまり障害があるとわかるのが遅いほどに、それ以前には「なんで自分はこんなにうまくいかないんだろうなあ」と悩み悲しむ期間を長くもつことになり、ようやくその根っこの原因がわかっても、今度はいよいよ社会的には追いつめられた状態(仕事を離れていたり、親の介護や医療の問題が出て来たり)になってから、それと同時に自身の障害と向かい合うということになります。やはり非常に社会的不利な立場に立たされることになります。

長くなりましたが、それでも社会のこの障害に対する理解や専門家の研究は進んでいきます。子供さんやまだ若い方にお伝えしたいのは、突飛ですが「少なくとも国民年金の支払いはしておいた方がいいですよ」ということです。世の中、「金」です。これを自分がもっとも感じたのは、父親の病院付き添いの待ち合いで、どこかの嫁さんがそのお母さんとやはり診察を待っておられた時に、お母さんから「あんたの連れ合いさんはどうしているの?」と問いかけがありました。するとそのお嫁さんいわく、「仕事。男は仕事ができてなんぼや!」と断言しておいででした。これはひとつのサンプルに過ぎませんが、どうも女性からすると男は火星で、もとい、稼ぐことによって格付けされるようです。

そこで僕のように若い頃から仕事については数年で離れ、時に引きこもり、ついた仕事の中で福利厚生があった場所は少なかったという場合はどうでしょう。これはもう「リア充」のもうひとつの説、「現実の生活が充実している中にパートナー的な確固たる!存在がいる」という条件はまったくクリアし得ないということになります。このブログのタイトルも変えないといけないかも知れません。

それで元に戻って、ともかくそうしたばか女の発言はおくとしても、障害をもつ方の生活を維持して行く最低限の保証として、生活保護の前に障害年金というそのものずばりの制度があります。これは日本に生まれてよかったと言える数少ない制度のひとつだと僕は思います。20歳以上になってから月々の年金を支払っておけば、その後僕のように障害がわかったとしても申請をして、少なくとも基礎年金と同額の分を受け取ることができる(勤め人で普通に厚生年金をかけていればより多くのお金の積み増しも見込めます。)可能性が確保されます。逆に、「今は民間の個人年金があるから、老いて小額の基礎年金しかくれないような制度ならそれはほっといて前者でいこう」という人もいるのかも知れませんが、民間は障害を負ってからそれを障害年金に切り替えてすぐに支給してくれるというところはありません。

なので基礎年金は支払っておくべきです。本人が無理ならそのご家族が代理となってでも。その時支払いが無理であれば支払いを「免除」してもらうこともできます。これは月々の支払いなどとてもできないという場合でも申請して免除さえ受けておけば支払ったと同様の扱いをしてもらえる制度です。もちろん、途中で障害年金を受けることなくそのまま老齢年金を受ける年齢に達した場合には免除された分、受け取る分も減額されてしまうわけですが、障害年金を受けることになった時にはとにかく「支払った」という事実をつくっておくことが大事になっています。

なぜかというと、障害年金受給の申請をする際に、その障害への確定につながった診察に始めて行った日から遡って少なくとも、

1・「初診日の属する月の前々月迄の年金加入期間において、年金保険料の納付月数と免除月数の合算月数が3分の2以上あること」
または

2・「初診日の属する月の前々月迄の過去1年間に年金保険料滞納月が無いこと」

という条件が設定されているからです。これは過去に市民の年金記録を膨大に無くしていた年金機構(旧社会保険庁)が言うにはどうなんだい、おい!というような条件ですが、決まりとされている以上、仕方がない。

だからどなたについても、年金を20歳から支払っておいたという事実は作っておいた方がいいように思います。「男は仕事をしてなんぼ」と病院でぶっこくばか女は別として、ふつうの大方の女性にとってもこのことは大切です。基礎年金分だけでは障害年金を受け取れたとしても月に6万円台半ばにしかなりませんが、持ち家があり、パートナーがいて同額程度の収入をお持ちの状態であれば、あとは病気で医療費がかかった時の保険などさえかけておけば(これも若い間、既往歴がない間に加入しておけば月々の支払いは少なくて済みます。)、年金受給中も働いてはいけないということもないのですから、なんとか生活はできる。一人でなくて済む。孤独死しなくて済む!社会とつながれるという、いろんな面で可能性の範囲が広くなります。まあ、僕のように一人ではしんどいでしょう。

あ、そういう僕は、上の条件にあてはまらなかったので年金受給の申請をはねられたという黒歴史があるので、もはやリア充はおろかどうするんやお前状態ではあるのですが。
ともかく、今回はリア充の定義から始まって、年金制度で終わるという非常な大作記事となりました。