高校時代をどこでサッカーするのか?
この事で僕の中で紆余曲折あったわけですが地元の公立高校に進みました。
 
お世辞にも強いとは言えない高校でしたが
同い年に同じ町内でぼちぼちな選手がいたので(市ではないです町です)
高校3年のときはおもしろいチームになるかなと思ってました。
結果 高校3年のときインターハイ予選で決勝まで進みます。
決勝で初芝橋本高校に1-7というとんでもないスコアで負けることになります笑
 
高校2年、3年と国体選抜に選ばれたので
うまい選手と一緒にプレーできたのは良い経験でしたね。
 
高校3年生になり進路をどうするか考えなくてはいけなくなり
そのままプロになれるはずもなく、大学に進学することを決めたわけです。
夏休みを利用して関東の順天堂大学に練習参加させてもらうことになりました。
身体が違うしスピードも違いましたが想定内でした。偉そうですね。
 
候補としては
国士舘大学・・・サッカーマガジンで夏合宿がめっちゃハードと書いていたので早々に断念。
順天堂大学・・・入学したら医学部の学生と2人部屋で1年間寮生活。とパンフレットに書いていたので断念。今となればそれは素晴らしい経験となり友人が出来たと思います。
大阪体育大学・・・体育教師の免許取りたかったので悩みましたがプロになりたい方が強かったので断念。
もう筋トレをしたくなかったのも理由の一つ。
立命館大学・・・国体選抜の頃練習試合でコテンパンにやられましたがグランドが山の上だったので断念。
阪南大学・・・初芝橋本の金明輝選手が「俺も阪南行くしお前も来いよ」これが最後の決め手になったわけですが・・・
金明輝選手はなんと大ドンデン返しでジェフユナイテッド市原に入団することになります。笑
 
 
阪南大学に決めた僕は
入試案内を取り寄せました。
見ているとスポーツ推薦入試を発見。
受験資格を満たしてたのでラッキーと思い何の疑いもないまま願書を送ります。
感のいい方はピンときてるかと思いますが
スポーツ推薦入試で入学する選手は事前にスカウトやセレクションにより
決まっているのである。
本州最南端の潮岬の少年はそんなこととは露知らず願書を送りつけ、見事に不合格となるのです。
無知とは怖いです。
 
 
後がなくなった僕は試験を受け、一般入試で晴れて合格となり
スポーツ推薦入試導入後
阪南大学サッカー部史上初の一般入試で入学しキャプテンとなる話はまた今度。
副キャプテンはベガルタ仙台NO,10 リャンヨンギ。
誰が興味あんねん。
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はい、サンキュー。
 
※各大学のイメージは僕の勝手な主観ですので悪しからず。