kimonoなブログ

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日々のよしなしごとを、そこはかとなく、つづります。仰ぐお師匠さんは、兼好法師か、はたまた、モンテーニュ殿下か。

Amebaでブログを始めよう!
もう、すでに、小学校2年生か、ややもすると、小学校3年生くらいの、なり、の、成長著しい、わがむすこですが、じつは、来年はるに、小学校1年生。

趣味は、水泳、俳句に、ヴァイオリンと、トランポリン。そして、アート。

ランドセル

土屋鞄で、ランドセルをあつらえたのが、届きました。

⇒土屋鞄製作所

少子化時代…。

たかがランドセルごときで、親や、じいさんばあさんが、さわぐ始末。

こどものため、とか言いますが、要は、見栄の張合い。

それに乗じる、お店がわ。

ニャン! と出す出す、ねこ撫で声。

小学校の子どもに、コードヴァン? アホか! と大声一喝してやりたいくらいですが、一度は考えた私は、バカでしょうか?

(バカにきまっています!)

息子は、過ぎし夏日、ママと京都店にでかけ、賢明にも、軽さを好んで、クラリーノ。カラーは、最初は女の子が選ぶ、赤とか、キャメルがいいとか、言ってましたが、最終的には、ブルーを選択。

じぶんで選んで決めました。

人生は、選択の連続。

物の選択に、「人」が、現れます。

ランドセルは、ずいぶん、気に入ったようです。

にこにこ、しています。

子どもの成長だけが、生きがいの、私です。


濡れ~による~身~は~傘さして~ござんせ~

(「傘づくし」)

あくる、10月5日は、折しもの、台風接近で、終日、いつやむとも一向知られぬ、大雨。

日曜日というのに、三ツ揃のスーツを着た男が、和傘をさして、弓町へ。

弓町ビル

例の面接ですわ…。

⇒喫茶去

10通もレポートを書かされたのに、2人の面接官の先生から、訊かれたのは、統合失調症の症例(F2)と、高機能自閉症(アスペルガー障害)の症例(F8)の、2つのみ。

ハキハキ、元気よく、お答えして、10分も、かからなかったのでは…。

サッと来て、サッと去りました。

たった、この、10分にも満たぬ、面接のために、どれだけのむだな労力と、金銭が費やされたのでしょう?

…徒労あるのみ、です。

「国民」はこれで、ご満足でしょうか? 

ごくごく一部の、狂信的といっていいだろう国民と、煽情的マスコミ、腰砕けで無責任な厚生労働省官僚のために、全国の精神科医の、善用されるべき、精力が、どれほど、むだに、削がれたことでしょう。

「信頼」を、他に、むやみに求める人びとは、じぶんじしん、世の「信頼」に足るだけの仕事を、ふだん、どれほど、果していらっしゃるのでしょうか?

いちど、お尋ねしてみたいものです…。

しかし、面接では、チョット面白いこともありました…。

面接官「先生のレポートは、どれも、とても、興味ぶかく拝見いたしました…。しかし、意外や、先生は、いまだ、わが学会の会員では、いらっしゃらない。ぜひ、入会を」

kimono「ハッ。そろそろ、年貢のおさめどきと知り、先月20日に、入会を承認されたばかりです」

面接官「お、それはよいことです。益々のご活躍を祈念いたしております」

kimono「恐縮です」 

(笑)

しごと、おわり。

また、自由時間。

さっそく、根津美術館、「名画を切り、名器を継ぐ」展へ。

根津1

根津2

ここで、また、牧谿と再会。瀟湘八景「漁村夕照」図。

いいです。

また、佐竹本三十六歌仙図。

ほれぼれ。

しみじみ。

仮名文字がよめるように、特訓しなければ、と、そのたび、強く思うのですが、なまけもので、これが、続きません。情けなや…。

根津3

根津4

根津美術館は、いつ来ても、不快な印象を抱くことがありません。

いつも、「来てよかった!」

その思いだけに包まれます。

なんと、すてきな美術館なのでしょう!

素敵ついでに、広尾にある、山種美術館、「輝ける金と銀」展へ。

ぜひとも、着物で訪れたいものでしたが、この雨では、なく泣く、断念。

山種1

山種2

前日の、国立近代美術館で、加山又造の、美しい絵を、見たばかりでしたので、ここでも再び鑑賞でき、感激は一入(ひとしお)。

光悦・宗達の、例の、むすうに飛翔する鶴図を本歌取りした絵ですが、ながめて飽きません。

ああ。

ぜひとも、着物を着て、鑑賞したかった…。

男のスーツ姿は、カッコイイとか、色気あるとか、いいますが、所詮、底は浅いものです。

長年着てる私がそう思うんやもん。

背広は、現代の社会生活上、やむなく着ているので、それ以上ではありません。

それは、そうと、新しい羽織が、できました!

近く、いい写真をアップしたいと思います…。

ああ、つかれた~。

羽田から、帰ります!

雨の中、さんざん、歩いて、わが靴たちも、お疲れ様…。

おつかれ~
朝倉1

次に向ったのが、谷中にある、朝倉彫塑館。

ここを訪ねるのが、ハッキリ言いますと、今回の私の旅の、一大目的。

他のことは、言ってしまえば、ま、みんな、どーでもいい…。(笑)

京都でたづねた、並河七宝記念館と同様(⇒「ぐるぐる京都旅(6)」)、うつくしい池のある庭園鑑賞が、主目的。

朝倉2

わかものが、たくさん、集っていたようですね。

谷中ってのは、要は、お寺、お墓が、たくさんあるところです。(…のようです)

歩いてみましたが、なにやら、辛気くさいところです。

東京じゃ、こんなところでも、尋ねるより外、昔をしのぶ、よすがが、ないのですから、しかたがない。「和」のお店が、ちらほら、目につきますが、どれもこれも、京都では普通に感じられるような、潤いというものが、てんで感じられない。干からびた感じがする。これを「文化的貧困」といわずして、なんと、いいましょうや…。

さいきん、テレビを、たまたま目にして、はじめて知ったのですが、なんやしらん、日本に、カジノを作るんだとか、それはけしからんだとか、政治家れんぢゅうは、シンガポールも視察して、そんなバカげたことを、国会の場で、あーだ、こーだ、やりあっておるようですが、あさましい限り。

歴史的建造物を、再興して、それを「観光資源」とする、とゆうような遠大な発想は、てんで、ハナから持ち合わせていないらしいよ。

は~。(ためいき)

東京駅は、確かにカッコ良くなりました。

しかし、明治の建造物なぞ、しゃらくさい。

なつかしき、私が若き日に愛した、かの丸ビルの面影や、いま、いづこ…。

もっと古い、江戸そのものの街並みを、復活させることは、できないものだろうか…。そんな「ロマン」あるプロジェクトを、今の政治家に期待することは、…むりか?

ムリだろうなあ…。

ま、そんな、かなしい愚痴は、いい。

所詮、「民主主義は、美を、憎む」(ボードレール)。美を、この世に実現するためには、自由と、カネと、個人の頑固一徹、この3つがなければ、かなわない。

衆を恃まず、個人で、趣味で、やり通すより、ほかない。

しかし、戦後の日本政府は、なけなしの個人から、情け容赦なく、税金を収奪する…。

…いいんでしょうか?

朝倉文夫という人は、美術の教科書でもゆうめいな、「墓守」の彫塑をつくった人。

「おお、これ、これ!」「ああ! これを作った人かあ!」

どうやら、これは、トルストイを、モデルに作ったものらしい…。

朝倉の彫塑は、みんな、鑑賞していて、しみじみ、一時、幸福を感じさせてくれるものが多かったですね。

ぜんたいに、朝倉の趣味は、とてもいい。「文人趣味」がみなぎった、家になっています。

これまで何度も、くり返していますが、じぶんを「文人」か「芸術家」とも考える人は、キットかならず、家や庭の趣味があります。これがない人は、ニセモノといっても、いいかも知れません。

朝倉3

朝倉4

朝倉5

朝倉6

なんや知らん、庭も撮るなと、けちくさいことを、ここでは、ゆうてはって、びっくり仰天しましたが、撮っても、特段、怒られることもなかったので、載せます。

ここは、訪ねて、損はない、ええ場所です。いっとき、ほんま、贅沢なきもちで、寛ぐことができました。

屋上は庭園になっていて、入口で、建物のてっぺんに見えていた「人」が、ああ、この人だったか、とわかる、おもしろい、仕掛になっています。

(このへんは、静岡のクレマチスの丘にある、ヴァンジ彫刻庭園美術館と趣が似ていて、興味深い)

⇒ヴァンジ彫刻庭園美術館
日本橋2012

お江戸日本橋といえば、三井。

三井といえば、三越百貨店。

日本橋三越

百貨店名物の、ライオンちゃん。

新しくできあがる、羽織のために、無双の羽織紐を、購いました。

しかし、三越は、いいなあ…。

宮脇賣扇庵、松栄堂、龍村美術織物など、名だたる老舗の品物が、ぜんぶ、和物売場の一ツ所に、揃っていて、「京都」が簡単に手に入ります。

なんて、便利、なのでしょう!

2年前の夏、ここで、宮脇の扇子を買いました。

あの頃は、「宮脇」の名前も知らず、年配で落着いたご婦人の店員さんから、「いかほどのご予算で…?」と聞かれて、「それなら、この扇と…、そうですね、この扇子入れも、ぜひ、お買いなさい」と、名物裂の扇子入れを勧められました。

目利きができて、いい物を、サラリと勧めてくださる店員が、いる百貨店。…そうはないと思います。

ほんとうに、よい扇子でした。宝づくしの図案で。息子もお気に入りでした。

しかし、息子と去年の秋、出町柳すぐの、鴨川デルタの飛び石で遊んでいて、流してしまいました。

鴨川あそび

息子といっしょに、「ああ~」と泣き笑い。

惜しい、というより、いい思い出になりました。

「主人」をうしなった、名物裂の扇子入だけが、いま手元に残っています。

寄ったついでに、三井記念美術館へ。「東山御物の美」展。

三井記念美術館

良かった、ですね。

われわれの美感は、「東山御物」、すなわち、宋代の美を、基準にしていることが、改めてよく分ったからです。

風流天子、徽宗(1082-1135)帝のことを、また一から、勉強したくなりました。

私は、すっきりした、白磁や青磁が、若い頃から、やはり、好きですし、しかし、それを前提に、黒楽や赤楽の美も、あるわけです。

琳派の美も、視野を日本だけに限定して、とらえるのは、明らかな間違いなのだなと、改めて気づくこともできました。

日本のトップ・エリートたちが、昔からずっと、海外にひろく目を向けているのは、明治に始まる話どころではなく、天平の昔からそうなので、日の本一番とかいう、「ナショナリズム」は、下等な料簡です。本居宣長を「田舎者めが!」とののしった、上田秋成翁は、京阪のスイな都会人として、やはり、偉かったと思います。有職故実を、すこし勉強してみると、いかに日本に「道教思想」が広く浸透しているか、そういう意外なことも、ようくわかってきます。

有職故実(上) (講談社学術文庫)/講談社

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明けて10月4日。

この日は、完全オフ。

れいの、羽織着流し姿で、美術館めぐりをして、思い切り、翅を伸ばします。

和可菜2

和可菜3

神楽坂…。

「いきな」町とか、じぶんで、ゆうてはるけどねえ…。

粋なまち神楽坂の遺伝子/東洋書店

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わるいけど、関西人から見たら、笑止やわ。

粋(すい)の字を、使わはるのは、どうか、勘忍して…。

「自粛」、してんか…。

江戸に「粋」なんか、もともと、あらしまへん、さかい…。

漢字つかわはるんやったら、原意どおり、「意気」だけに、とどめといてんか…。

それも、あるのかどうか、あやしいもんやけど…。

和の情緒、枯渇しており、2年前、訪れた時の印象とかわらず、旅館のある界隈を離れれば、ヤッパリ、せいぜい神戸の三宮くらいにしか、見えません。

朝の神楽坂10/4

東京のタクシー運転手…。

みんな、無愛想やったなあ。

だあれも、ひと言も、口ききはらへん。

着いた日の、羽田から、神楽坂まで、飛ばしてもろうた、女性ドライバーだけやった。ふつうに、タクシー運転手さん、呼べる人は。

ほんま、ふしぎな位、この日と、次の日で、8台、タクシー乗ったけど、だあれも、お愛想ひとつ、ゆうでなし、これで職業ドライバーいえるんかなあ、思いました。

個々人、責めません。結局、いまの日本の、よのなかが、悪いんやろう。日本に、「個人」なんて、あらへんさかい。

お堀の竹橋まで、タクシー走らせて、東京国立近代美術館。

ここに来たのは、私、うまれて、初めてです。

皇居の周りにあるのは、ええねんけど、交通量多いし、周囲のカラーが全体に灰色やし、クルマの排気ガスで空気わるいし、ヤッパリ、なんか無粋で、いややわ…。「風情」っちゅうもんが、あらへん。

菱田春草展。

東京国立近代美術館1

ひと言、良かった。

えらい、ええ目の保養になりました。

私はまだ日本画の知識に乏しいのんで、今は何とも、よう言いませんけど、後あと、ええ養分になりそうな、展覧会でした。今でも、目に、絵が浮かびます。行けるもんやったら、もう一回、足を運びとうなる、展覧会でした。

しかし、なあ…。

美術品をみるときは。

みるモンも、礼節を尽くせよ。

「美」に対して。

それは、あの、れいのテレビで有名になった骨董品屋さんの、中島誠之助氏がゆうてはる通りです。引用します。

「絵画や工芸そして古美術の展覧会に出かけるときは、それなりにふさわしい姿形をして行くべきではないでしょうか。名品が展示されている美術館や博物館の薄暗いコーナーで、履物はスニーカーで身軽、背中に小さなザックを背負っている入場者に出会うと、正直いってがっかりします」

「スニーカーでザックを背負っていれば、軽快で疲れ知らずに鑑賞できると考えていたならば大間違いです。その姿形では、名品名画の過ごしてきた誕生から現在までの歩みに、あなたは敬意を表すことが出来ない。ということは、作品の持っている深い魅力を汲むことが出来ないのです」

「開運!なんでも鑑定団」の十五年/平凡社

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ホンマ、その通りや、思います。

反感をおぼえはる人は、「美」というものが、なあんも、わかってはらへん、お人でしょう。

中島誠之助氏が、ゆうてはるような、スニーカーにリュックサックという、高齢者のなんと、多かったこと!

この人らは、単に、年齢を重ねたというだけの存在で、年齢にふさわしい威厳を伴った、年寄ではありません。

山本夏彦流にいうならば、ただの「モダンじじい」「モダンばばあ」です。昔の「モボ」「モガ」の、なれの果てでしかありません。

「存在感」ある、翁、媼では、ないのです。

ほんとうに、ウンザリ、させられました。

いつまで、じぶんが、若者や、とでも思っているのでしょうか?

日本人、とゆうならば、ある程度、年齢も重ねたら、なぜ、着物のひとつも着ないのですか?

私は、ふしぎで、ざんねんで、腹立たしくて、かなしくて、ならないのです。

そんなに、ニッポンは、貧乏なのですか?

この日、着物姿のにんげんは、じつに、どこをどう見回しても、私ひとりで、私の着物姿に、電撃を受けたように、「オウッ!」と反応する人が、いたくらいです。

東京は、着物が似合う場所ではない…。



美術館を出て、私は、不思議な物を目にしました。

ここの美術館のオブジェが、じつに面妖な、シロモノで…。

「現代ニッポン」を美事に現しているといっては、実に傑作、とも言うべき作品です。

オブジェ1

オブジェ2

笑いを噛み殺しつつ、次の目的地、日本橋へ、タクシーを走らせました。
10月3日。

およそ、2年ぶりの、東京行。

名目は、例の件です。

10/3スーツ

病院の収入、にも関することなので、病院も、スンナリ、出張費を、認めて、出してくれたのは、コレ、さいわい。

午前の外来を、テキパキ、終らせた後は、すばやく、病棟回診を済ませて、ハイ、みなさん、さようなら。

はやばやと、病院を後にし、プールで、ひと泳ぎしてから、空港まで、クルマを走らせます。


⇒稀音家六加乃(きねや・ろくかの)『京ことば はんなり』

さいきん、再び、しきりに聴いているのは、上方小唄。

「京の四季」なんて、最高ですわね。

華やかで。

は~る~は~、花。

イザ、見~に~ごんせ~、ひ~が~し~山。

色香、あらそ~う~よ~桜~や。浮かれ~うか~れ~て~。粋(スイ)も、ぶすいも~、も~の~堅い。

二本~差し~で~も、や~わ~ら~こ~う~。祇園~豆腐の~お~二軒茶屋。

みぞぎ~ぞ~、夏は~うち連れて~。河原に~つど~う~夕涼み~。

ヨイ、ヨイ、ヨイ、ヨイ~。

ヨイヤ~サ~。



⇒京の四季

祇園にあそんだ、粋人の、生田耕作先生も、この「京の四季」は、お好きやったと見えて、編んだ『鴨川風雅集』(京都書院、平成2年)の「都唄」、その筆頭におさめて、おいでです。

ええわ~。

先日、生田先生の『ダンディズム』に偶然の再会を、していらい、私の「生田先生らぶ」は、とどまるところを知らず。

早急に入手した、未読のエッセイは、四冊ばかりも、忽ち、読破してしまいました。

元気復活!

その日、東京は神楽坂。

和可菜1

八朔の日に、京都で知り合った、れいのご夫婦と(⇒「祇園な夜(2)」)再会、おいしいフレンチを、楽しくいただきました。

レストランは、ラ・トゥーエル(La Tourelle)。

ここは、なかなかのレストランで、プロ意識が、シェフ、ギャルソンともに、ハイ・レヴェルです。

大満足の夜でした。

⇒La Tourelle
ある日、とつぜん、戦うのが、厭になりました。

花や虫たちと、暮すことにします。

そう、言って、戦国時代の武将、石川丈山が、つくったお庭です。

…いろいろ、あったんじゃ、ないでしょうか?

むかし、JR東海のCMで、そんな、キャッチコピーが、紹介されていた、詩仙堂を、訪れました。

そうだ京都、行こう。 (淡交ムック)/淡交社

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⇒そうだ京都、行こう

場所は、出町柳から、叡電に乗って、三つめの駅、一乗寺。下りて、左折、京の鄙坂を、ゆるゆる、のぼっていきます。

詩仙堂10

詩仙堂は、別名、「凹凸窠(おうとつか)」。この名は、一乗寺から、来ています。

一乗寺とは、言い条、この地に、一乗寺は、もはやなく、地名に寺名を残すのみですが、もとはというと、いにしえの中国の、由緒あるお寺の名前で、風流の人、石川丈山は、その名が気に入って、この地を、隠棲の地とは、定めたようです。

一乗寺の別名が、「凹凸寺」だった、そうなんですな。

むかしの人は、とかく、いちいち、何につけ、「見立て」、ということを、好みました。

眼前の風景に、あこがれの、江戸にあっては京の、京にあっては中国の、景趣を、重ねるのです。

前にも触れましたが、京都の智積院や、東京の小石川後楽園など、日本中に「廬山」が、今もあるのは、そのせいです。

丈山は、もと家康の家臣、「武の人」として、キャリアを始めたようですが、らんぼうで、ガサツなだけの、並の武士とはことなり、藤原惺窩にまなんで、がくもんも、良くできる人でしたから、到底「一介の武弁」に、おさまるような器ではなく、もともと、風雅の道に生きる人だったのでしょう。

(註:むかし、日本政治思想史をおしえていただいた、渡辺浩先生は、「武士ってのはねえ、要は、今で言う、ヤクザ。暴力団員というのが、ピッタリな存在なのよ」と言っていましたが、至言でしょうね。じつは日本人の組織形態の「原型」は、みんな、これだと思うのだが…)

風雅な人は、詩がよめなければ、そうは言われません。ここにいう「詩」とは、漢詩のことで、日本で「文人」、「風雅の士」ともいうべき人は、みな、漢詩を、みづからよんで、楽しみました。

「俳聖」と仰がれた、芭蕉の俳句は、どれもこれも、漢詩を、過剰なまでに、意識していると、いっていいでしょう。

日本では、新聞紙上の「漢詩欄」が廃止された大正六年を以て、文人は、ついに絶滅したようですが、芥川龍之介や、永井荷風は、まだ俳句をよみました。

じゅんすいな「和の文化」というのは、だから、実は、ありえないのですね。

詩はもちろんのこと、有職故実にせよ、俳句にせよ、絵画にせよ、そこには、「見立て」を通して、中華文明との「交流」が、かならず、存在するからです。

絵画や工芸における「和の美」の原型は、「東山御物」ですが、それは、すなわち、「宋代の美」ということです。だから、それを忘れて、「琳派の美」を、ニッポン固有のものとか、思って、ワイワイ言っているような人びとは、何にも見えていない、ということです。

詩仙堂1

詩仙堂2

詩仙堂4

詩仙堂3

詩仙堂5

秋水一斗もりつくす夜ぞ 芭蕉

日東の李白が坊に月を見て 重五

丈山は、朝鮮通信使と、詩の応酬をこころみて、お世辞にも、「あなたは、日本の李白か、或は杜甫か、というところですな」と、褒められるほど、詩に長じていた、史実がある。

上記、芭蕉と門人たちの歌仙も、それを受けているから、丈山は、江戸時代より、文人として、一流と目されており、故に、欽慕する文人たちは、後世も、絶えなかったようです。

江戸時代では、甲子夜話の、松浦静山、現代では、鞍馬天狗の、大仏次郎が、ゆうめいどころでありましょうか。

確かに、詩仙堂は、すばらしい。

文人隠棲の地、といわれて、すなおに、然りと、頷けるほど、居心地がいいのです。

もっとも、狩野探幽に描かせたとかいう、中国36詩人の絵は、後世のレプリカであり(昭和38年、小早川秋聲画伯、筆)、建物も、そうで、庭も、往年のままである筈がないのですが、それでも、いい、のであります。

詩仙堂6

詩仙堂7

詩仙堂8

なお、丈山といえば、コレ! という漢詩があって、それが、「富士山」。

かの、詩吟の世界では、今もなお、超有名な作品のようですね。

仙客来り遊ぶ雲外の嶺(いただき)

神龍棲み老ゆ洞中の淵(ふち)

雪は紈素(がんそ)の如く煙は柄(へい。又は、え)の如し

白扇倒(さかし)まに懸(かか)る東海の天

⇒詩吟の一例


ところで、古典文学の学者とかいう人たちがいて、中国人がいうならともかく、日本人の学者までが、この作に「和習」があるとか、難癖をつけてるようです。(笑)

そやけど、あって、別に、ええやないですか?

関西人がどこ行っても、関西弁から抜けられへんのと一緒で、かめしまへんや、ないですか。

私は、昔から、こうゆう、連中が好かんです。

「白扇」に、和習があるとか言うんですが、扇は、古来より、日本の輸出特産品だった以上、中国朝鮮の人でも、じゅうぶん、理解できたのやないかと、思うんですけどねえ…。

なお、丈山は、東本願寺の、東横にある、渉成園の、作庭もしたとか。

やっぱり、文人ですね。


漢文脈と近代日本―もう一つのことばの世界 (NHKブックス)/日本放送出版協会

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⇒山本四郎「石川丈山研究余話」

⇒若木太一「朝鮮通信使と石川丈山」

⇒『冬の日』「狂句こがらしの」歌仙の注釈①

⇒『冬の日』「狂句こがらしの」歌仙の注釈②

⇒小早川秋聲画伯について①

⇒小早川秋聲画伯について②



その日の朝、私は、ふらり、はじめて、六角堂に立寄り、ある人を待つ、時間を、つぶしておりました…。

六角堂は、聖徳太子の建てた、由緒あるお寺だそうです。

隣接して、いけ花の、池坊会館もあります。

私は、余程いい齢になってから、法然院の和尚さまの書いたご本を読んで、初めて知ったのですが、お花は、そもそも、みほとけに、供えるものですから、六角堂と池坊会館は、しごく、自然なつながりにあると、言えましょう。

六角堂2

東京の浅草寺では、フンをする鳩には、エサを与えるなと、私が20代の若き日、すでに、そんな無情の看板があるを、みて、私はたいそう、心を傷めた記憶が、今も忘れられず、残っておりますが、ここ京都の六角堂では、鳩たちが、人をおそれず、平和にむれ集っているさまを見て、仏の慈悲というものを、しみじみ、覚えたことでした。

(註 六角堂で、鳩が、栄えていることは、すでに、有名な事実のようです)

⇒西国三十三箇所巡礼

六角堂は、西国三十三か所めぐりの、第十八番目札所。

第十七番目が、前回の京都旅行で訪れた、六波羅蜜寺で、第十六番目が、かの、あなどるべからざる、清水寺。

その朝は、そんなことも知らず、私は、ただボンヤリ、腰を下していた丈でしたが、そのうち、杖をもった、お参りの団体さんたちも、わらわら、やってきて、お坊さんが「色即是空、空即是色…」と唱えるのに、大ぜいで唱和する人びとや、それらとは離れ、低い声で、独り、ぶつぶつ、念仏をあげている方もおり、さまざまの苦渋を抱えた、さまざまの人生があるのだなと、しみじみとした感慨にひたりました。

そもそも、この巡礼に参ることには、この世で犯したじぶんの「罪」を、ありがたい、観音菩薩さまのご慈悲によって、きれいさっぱり、浄化してもらえる、そんな功徳が、あるのだそうです。

六角堂1

けぶりたつ、お香のにおいを、嗅ぎながら、私も、「苦悩」と「罪」をかかえた、ひとりの人間として、ほとけの道、ほとけの教え、ということが、身に迫ってきました。

これまで何度か、六角堂の前を、通り過ぎていたのですが、この日、私は、ここで、はじめて、これから決して忘れることはないであろう、ほとけのをしへに出会う、ご縁をいただきました。

それが…

和顔愛語。

下坂幸三先生の、ご本の中で、今年5月に、この言葉に出会ってから、よい言葉だと、思ってきました。

拒食と過食の心理―治療者のまなざし/岩波書店

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いま改めて、読みなおすと、それは微妙に違っていて、下坂先生は、ただ、道元の「愛語よく回天の力あり」という言葉を、紹介していた丈でした(同書291頁)。

そこから、「和顔愛語」という言葉を、私が調べて、知るに至ったのか、或は、下坂先生の、他の書物に、その言葉があったのか、わかりません。

ただ、この下坂幸三(1929-2006)、という人が、「奇病」として、精神科医も、知らぬ顔の半兵衛を、決め込んでいた、anorexia nervosa(神経性食思不振症)の患者に、徒手空拳、精神療法で、長年、死ぬまで、いどみ続けた、稀有の精神科医であったということを、知って、私は痛く、感銘を受けたのでした。

これが、本物の、精神科医、というものや、ないか?

今年の私のrevolutionの一つは、今は亡き、下坂先生のご著書との出会いでした。私が、知ろうともしなかった「精神科の重要領域がある!」

いわゆる、「パーソナリティ」の、領域です。

夢中で、先生の本を、読みました。

しかし、「和顔愛語」について、まだ、私の理解は、うわっ面で、口先だけのキレイゴトにとどまっていました。

琳派の画家たちも、カワイイものが、じつは、大好きですが、六角堂にも、カワイイ、仏様(羅漢さま)たちが、いらしたのです。

六角堂3

羅漢とは、仏の教えをきわめた、お弟子さんたちやそうです。

牧谿など、中国古典の絵画では、たいてい、どれも、気味のわるい、老爺の像で描かれていますが、わが六角堂では、カワイイ、羅漢さまたちです。

ほとけの教えを守って、和顔愛語する、十六羅漢のとなりには、ほとけのおしえに、耳をふさいで、こころのねじ曲がった「邪鬼」がいるのだそうです。十六は、四方八方ということで、いたるところ、という意味だそうです。

至るところに、羅漢あり、邪鬼がいる。

六角堂4

私は、ここで、天啓のごとく、ああ、これは、厳しい、克己の言葉だったのだな、とはじめて悟ることができました。

口先だけ、和顔愛語といってみても、だめで、じぶんが、邪鬼に陥らないよう、常づね、どんなときも、和顔愛語を実践できるか、じぶんを試す、厳しい戒律のようなものなのだ、と初めて、悟りをえたのです。

私は、たやすく、邪鬼に、転じていたのではないか? もともと、意地悪な人間だし。

そう思って、きょう(9/29)の診療から、じぶんがどれだけ、和顔愛語を守ることができるか、こころを入れ替えました。私は、にんげんとして、至っていなかったなと、すなおに反省しました。

いばらない。

自慢しない。

おこらない。

きびしいことばかり、言わない。

少語して、多弁を慎む。

言い過ぎない。

相手の「甘え」を、じっと黙って、うけとめてあげる。

このほとけの教えを、実践していこうと、こころに誓いました。ある人に言われた、私の「未熟性」といったことは、これかも知れない…。

じぶんを甘やかすことなく、毎日、修行していこうと思いました。

この人に会うと、あんしんできる。

ほっとできる。

そんなきもちを、他人にもってもらえるような人に、なろう。

(「先生に会うと、いつも、ほっとします」といってくださる人は、私には、たしかに、いくらもいます。しかし…)

しかし、それでも、私はまだ、至っていませんでした。

オトナの常識では、対処しきれない、しかし、真摯に救いを求めている、人の声が、あるのです。

それを「甘え」、「常識以前」と、断じ去るのは、たしかに、簡単です。

私も、ずっと、そう、考えていました。

こんな、赤ちゃんみたいな連中、相手になんか、していられない…。

しかし、一考が。

一考が、必要な、ひとというのが、この世には、けっこう、たくさん、「層をなして」、あるのです。

事実として、ひとの世のかなしみとして、そういう人たちの存在が、確かにあるのです。

どんなに、腹立たしく、思ってよい権利が、こちらにあろうと、「北風」ではなく、「太陽」のこころもちで、接さなければ、けっして、感応しない人たちが。



対人恐怖。「ひと」というものへの憎悪。

強い自己否定。「かなうものなら、いつでも、早く、死んでしまいたい。いったい、この世に生れて来て、これまで、いったい、何の意味が、あったであろうか?」

ひねくれ(素直になれない)。頭ごなしの命令には、それが、いかほど正しくとも、すなおに、「ハイ」とは、どうしても言うことができない。

ストレートに自己の「問題」に、向き合うことが、「現実」を直視することが、どうしても、できない。じぶんの、弱きこころに「鋼鉄の鎧」を、かぶせて、いつ不意に襲ってくるとも、限らない、他者からの「攻撃」を、かろうじて、防いでいる。

背景としてある、親からの(特に母親からの)、絶対的愛情不足。

終生つづく、親へのこだわりと、ねぶかい愛憎。

「愛」が、のどから手が出るほど、欲しいのに、つねに、屈折したかたちでしか、言い表せない。

社会人として、きわめて未熟な「コドモ」なのに、プライドだけは、とびぬけて高い。口だけ達者。

…で、まとめられるような人。

なるほど、私も、年をとりました。

こんな考察をするなんてことは、今までに、けっして、なかったことです。

しかし、世の中には、なるほど、いろんな人が、あるわけです。

この世に、くるしみは、尽きません。



私も、巡礼の旅に出てみようかと、かなり真剣に、思っています。

⇒西国三十三所巡礼の旅

きもちのええ日、とゆうのが、あります。

ぶじに、仕事が終り。

当番とゆう、後顧の憂えも、なく。

東北の秋日とはいえ、まだ、ほんのり、暖かい。

プールも、スイスイ、一キロ泳いで、体も軽うなり。

しかし、夕食を、自炊するとゆうには、いささか、物憂い。

給料日前とはいえ、まだ、そう、懐も、傷んではおらず。

…とくれば、ここは、お鮨でしょ!

いきつけの店に、でかけました。

昔は、季節をとわず、冷酒一本槍、やったけれども、今は、いつでも、お燗。

ああ、旨いねえ~。

大将「ああ、センセイは、いつも、いかにも、旨そうに、飲むねえ…」

kimono「あら、ソウ?」

大将「さっきの、土瓶蒸しのときも、そうだったよ」

ミキ寿司1

私のいう、きもの姿ってのは、こんな感じです。

…ってことを、読者のみなさまに、お伝えするため、大将にたのんで、撮ってもらいました。

これまでの、京都旅行でも、これから録す予定の、東京旅行でも、私のきもの姿といえば、こんな感じで、ござんすよ。

サテ、きょう、部屋を片付け、してましたら、『ダンディズム』という、15年前に読んだ、生田耕作先生の本が、出てきました。

ダンディズム―栄光と悲惨 (中公文庫)/中央公論新社

¥679
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15年前は、なんとも思わなかったのですが、著者紹介の写真で、生田先生(1924-94)は、着物すがた。

15年後の私は、「おおっ!」と即座に反応し、略歴に、京都祇園でうまれ、花板の父をもち、京大文学部を卒業して、教授となり、反骨の精神で…うんぬん、と読んだら、一気に、「生田センセイ、らぶ」モードに。(笑)

ネットで調べたら、生田先生も、冷酒はのまず、必ず、お燗で飲んでいたと。

本好きで(「書痴」ともいう)、世の大勢にながれるのが、大きらいで、物の好き嫌い劇しく、毒舌家。着物をこのみ、夏は小千谷縮を愛したとあり、ますます、敬慕の念は、突然に、つのる一方。

学生につける、テストの点数が、超甘い、ゆうところまで、私に似てます!

いやンなったら、それまでいた職場も、すぐに、アッサリ、辞めてまう、ゆうとこも。(職人気質なんでしょうね)

⇒生田耕作先生①

⇒生田耕作先生②

⇒生田耕作先生③

⇒生田耕作先生④

⇒生田耕作先生⑤

⇒生田耕作先生⑥

⇒生田耕作先生⑦

⇒生田耕作先生⑧

⇒生田耕作先生⑨

「ダンディズム」の基本は、なんや? ゆうたら、これは、服装に凝る、ゆうことで、古往今来、洋の東西をとわず、男子は辺幅を飾らず、ゆうのんに、それをするから、男の風上にも置けん、ゆうことになりますが、それでも、衣服に人格は、おのづと現れ、スイ(粋)な男が、もっさい服なんか、まちがっても、着られますかいな。

年をとったら、それは尚更。

生田先生は、平成の世にも、かわらんと続いてる、ぶすいな現代ニッポン男子の、こぎたないファッションを、「野蛮人」やと、芯から、きらってたご様子です。

わかるわあ~。(しみじみ)

しょせん、民主主義と、尚美の趣味は、不倶戴天の仲。

まあ、そんなことは、ええ。

とにかく、きょうは、お酒が、おいしい~。

ミキ寿司2
私のブログ・コンテンツは、大別すると、

①きものや、お茶など、和の趣味の話

②食べ物の話

③文藝、映画、書物、美術の話

④医療の話

⑤主に京都への旅の話

…となるでしょうか? 

当初は、「ブログを始める、だなんて、無聊の慰めとは申せ、おれも、病、膏肓に入ったものだ…」と自嘲ぎみでしたが、続けているうち、存外、楽しいものと、知りました。

ブログは、一般的には、マネーのためにしている人が多いようなのですが、私のものは、純然たる個人趣味。

それでも、あたらしく、人と知り合った場合の、「名刺がわり」にもなりますし、ブログ・ソサイエティーのなかで、「同好の士」ともいうべき人も、ふしぎに出て参りますし(「いいね!」友達と申しますか…)、絶望していた「人とのつながり」というものも、ごく、淡いものですが、なくはないのだな、と、少なからず、勇気づけられます。

私の患者さんたちや、お知り合いにも、「おもしろいです」と、贔屓にして、おっしゃっていただけると、ほんとうに、ありがたいことやと、感謝しております。

サテ、京都旅。

私にとって、だいたい月一の、この旅の眼目は、花街の美酒美肴におぼれることではなくて! 愛すべき、マイサンに、会うことなんですね。

9/27ひらパー

「京都旅」いいましたが、こどもの好きなとこ、ゆうたら、狭い京都の範疇におさまらへん。京阪沿線で、まづは「ひらパー(ひらかたパーク;枚方公園)」へ。

⇒ひらかたパーク

去年の暮にも行ったのですが、また、行きたい、ゆうことで、再訪です。

足でこぐモノレールに乗ったり(結構、高くて、息子は平気なのに、私がこわい)、大観覧車に乗ったり。(前回と同じ)

kimono「ジェットコースターは?」

息子「いや!」

前回、間違って、父に勧められるまま、うかうか乗ってしまったら、その恐怖に怯えてしまって、二度と乗りません。

この日(9月27日)も、関西は、雲ひとつない快晴。

「お父さん、かき氷、食べたい」

ひらパーでかき氷

父子で、分け分けして、グレープ味の、かき氷を食べました。300円。

さっそく、遊びまくるのかな、と思っていましたら、「お父さん、お腹すいた」と。前回は、オムライスを食べたのですが、今回はハンバーグにすると。

子供って、味覚が発達していないので、すきなものって、だいたい、決まっているのが、ふしぎですね。私もそうでしたが、からいものや、熱いものが嫌い。淡白で、ほとんど味のないものがすき。

だけど、ハンバーグは別格らしい…。ハンバーグの登場を、おとなしく待っています。(笑)

ハンバーグ待ち

まだ、6歳。

ジェットコースターは、父がどう言おうが、まだいやで、汽車や、メリーゴラウンド、動きの少ない、おだやかな、カーレースや遊覧ボート、じぶんで遊ぶトランポリンやボールあそびなどが、お気に入りのようでした。

サーキット1

花とよしみつ

トランポリン

ボールあそび

ひとしきり、遊んだら、「もう帰る」。

「次は、くらま温泉にいこう」と。

もう3回目でしょうか。息子は、このくらま温泉が、大好きなのです。

⇒くらま温泉

趣味が、じじ臭いというより、水遊びが、好きなんですね。私に似て。

京阪で、出町柳まで戻り、叡電に乗って、鞍馬山へ。

内風呂も、露天風呂も、かならず、どちらも入ります。

「帯、どう結ぶのん?」とゆうてくるので、親父が締めてやります。うれしいのか、うふふと、笑います。

さすが、息子、ゆかたが、似合います。

ひと風呂あびて、ジュースでブレイク。

くらま温泉1

くらま温泉2

夕ごはんは、大阪まで出て、中華料理。

エビマヨの美味しさに、目覚めたようです。

中華料理2

中華料理1