国民総生産・総所得は世界2位でも、国民総幸福量は90位

日本は世界でも有数の豊かな国です。

国内総生産(GDP)で、日本はアメリカに次いで世界第2位となっています。

国民総所得(GNI)も、アメリカの12兆9,695億ドルに次いで日本は4兆9,882億ドルで世界第2位となっています。

国民総所得を1人あたりに直すと、38,980ドルで世界第9位。

国連開発計画が発表した『人間開発報告書(2009年版)』によると、国民生活の豊かさを示す指数で日本は世界10位 にランクインしています。

その実感はありますか?
世界で203ある国の中で、すべて10位以内に入っているのです。

そこで、国民総幸福量(Gross National Happiness)という指標について考えてみたいと思います。
国民総幸福量とは、国民総生産の金銭的・物質的豊かさではなく、精神的な豊かさをめざす国民全体の幸福度を示す指標です。
※1972年にブータンの第4代国王シグミ・シンゲ・ワンチョク(当時21歳)が提唱しました。

この国民総幸福量で日本をみると、自分を幸福と思っている割合が8~15歳で13%、16~34歳で8%しかありません。
※MTVネットワークスが世界14カ国の子供と若者を対象にした幸福度調査

また、GNHのランキングでみると、1位デンマーク、2位 スイス、3位オーストリアとヨーロッパの国が続く中、日本は178カ国中なんと90位という数字になっています。
※イギリスのレスター大学の調査



日本が幸福でない理由

日本は国民総幸福量でみると、なぜこんな低い数値なのでしょうか?
それは国民総幸福量を提案した、ブータンに目を向けてみるとヒントがありそうです。

立憲君主制のブータンでは、「国にとって大切なのはGNPよりもGNHである」を国是にしており、専門の研究所を設けるほど。その国民総幸福量は以下の4つを柱にしています。

●持続可能で公平な社会経済開発
●自然環境の保護
●有形・無形文化財の保護
●正しい統治

 ブータンという国は、自然と共存しながらのんびりとした近代化を選んできました。主要産業は、米・麦などの農業で高い国内自給率を誇ります。また、国土がヒマラヤの斜面にあるため豊富な水力による発電を行い、インドに電力を売却し最大の輸出商品となっています。

 テレビ放送が始まったのは1999年のことらしく、グローバル化の波に同調することもありませんでした。そのため、人々の消費が刺激されることもなく、チベット仏教が暮らしに根づいているため、“モノ”は豊ではありませんが“コト”を大切にする心豊かな暮らしだといえそうです。

物質的な豊かさを手にすれば、何かが貧しくなります。
一方、物資的に豊ではなくても、目に見えない豊かさがあれば幸せを感じます。

 2007年に初めて行われたブータン政府による国政調査で、「今あなたは幸せですか」という質問が行われたところ、国民の約9割が「幸せです」と答えたそうです。
言葉の乱れが心の乱れを招く

 私たちの美しい言葉が乱れを生じてきています。
 この言葉の乱れに大きく影響を与えているのは、若者中心に使われている言葉で、どれもネガティブな形容詞ばかりです。

ださい(格好悪い)
うざい(うるさい)
きもい(気持ち悪い)

 言葉には言霊があります。声に出した言葉は、言った相手はもちろん、自分、そして周りの環境にも影響を与えます。
 ポジティブな言葉を使い続ければ、自分やまわりの人を幸せにすることができます、逆に、ネガティブな言葉を使い続ければ、自分やまわりの人はどんどん不幸になっていきます。

 いじめや心の病気、自殺の増加は、相手を傷つけるネガティブな言葉が元凶です。現代の殺伐とした社会を変えるためには、相手を不幸にする言葉を使うのではなく、幸せにする言葉を使うべきなのです。

すばらしい
うつくしい
やさしい
おいしい

 また、言葉は魂を持っています。そのため省略したり、語感を変えてしまうと、本来の意味は失われます。

すげー(すごい)
うめー(うまい)
ありえねー(ありえない)
マジ(まじめに)

 せっかくポジティブな言葉を使っているのに、相手には言葉が持つ肝心の効用が伝わらないばかりか、人によっては不愉快な印象を与えかねません。



まずは、きちんとした挨拶から

 毎日を楽しく生きようと思ったら、やはりきちんとした挨拶から始めることが大切だと思います。

 「おはようございます」は、朝、人に会ったときに交わすの挨拶ですが、語源は「お早く○○ですね」の「お早く」が転じて「おはようございます」になっています。
 つまり、1日を有効に使うために、早くから行動することを推奨している言葉なのです。

 また、「ありがとう」は感謝の気持ちを表す言葉ですが、「有り難く」がウ音便化して「ありがとう」になりました。本来の意味は「有ること」が「難い」という意味で、「滅多にない」という意味です。
 つまり、相手の好意に「滅多にないことです」と感謝して、口に出る言葉なのです。

 「いただきます」は食事を始めるとき言葉ですが、口にする植物や動物の命をいただくための挨拶の言葉です。
 以前新聞で、給食費を払っているのだから子供に「いただきます」と言わせるのはおかしいという親の記事を目にしました。意味をきちんと理解しないがために、担当の先生を傷つけています。

 そもそも挨拶の「挨」は押す、「拶」は迫るという意味で、禅家で門下の僧に押し問答して、その悟りの深浅を試すことを「一挨一拶」と言いました。ここから問答や返答の言葉を「挨拶」というようになったのです。

 本来、挨拶とは自分と相手との悟りのレベルを推し量るもの。形式的になってしまった儀礼とはいえ、その意味は失われていません。

 だから、「おはようございます」と言われたら「おはようございます」と答え、「ありがとう」と言われたら「どういたしまして」と返す、当たり前のことが重要なのです。
“モノを買う”ことに付き合わされてきた私たち

 テレビでニュースを見ていたら、趣味で農業を始めた家族が、その理由についてこう答えていました。
「モノを買うのには際限がなくて、どんどんエスカレートして、お金が出ていきます。でも、農業はお金がかからないし、汗をかいて土いじりをしていると気分もいい。そして最後には野菜も収穫できるので最高ですね」

 私たちは生まれてからというもの、モノを買うことにずっと付き合わされてきました。
・今年の流行はモノトーンです。春夏物を買いませんか?
・あなたが今ご使用のモノはスペック的に見劣りします。上位モデルを買いませんか?
・ソフトウェアがバージョンアップしました。便利な機能が追加されています。買いませんか?
・車が車検です。今なら特別な下取りサービスやローンがありますので、買いませんか?

 家で新聞や雑誌・テレビを見たり、外出で電車やバスに乗っていたり、街を歩いている時も看板やサインから、絶えず「モノを買いませんか?」の誘惑に私たちはさらされています。

 その結果モノを買うと、買うまでの期間と買った瞬間は楽しいけれど、買った後は意外に楽しくない。むしろ以下のように、関連するモノを買わなければいけない気分になってきます。
・今日買った洋服に合う靴を買わないと…
・このパソコンを持ち運ぶ鞄を買わないと…
・新車にETCとカーナビをつけないと…

 つまり、このスパイラルにはまるとモノが増え続ける一方で、お金はどんどん失われていくことになります。

 こうした“モノを買う”という行為が自分のお財布の範囲内であれば良いのですが、我慢ができず、自分の責任の負える範囲を超えてしまうと、サラ金に手を出してしまったり、その結果自己破産ということになりかねません。



“コトを創る”ことで自分はもちろん、周りの人を幸せにする

 では、モノを買う代わりに何をすれば幸せになれるでしょうか?

 その答えは、私は“コトを創る”ことにあると思っています。
 なんだか難しいことのように聞こえますが、とても簡単なことです。大切な人と一緒に過ごす時間を大切にしたり、親しい仲間とのイベント参加。または周りの人に親切にしたり、好きなコトについて深掘りすればよいのです。

・ゴールデンウィークの家族旅行
・ 子供の運動会に夫婦で参加
・ご近所の方と一緒に河原でバーベキュー
・ 学生時代に一緒に汗を流した仲間との飲み会
・ 愛犬との散歩
・ 年配の方に席を譲る
・大好きな野球チームの試合観戦

 上に挙げた例を聞いて、派手ではありませんが、なんだか微笑ましく温かい気持ちになってきます。

 “モノを買う”という行為は基本的に自分しか幸せにしません。一方、“コトを創る”という行為は自分だけでなく、周りの人をも幸せにします。

 また、“モノを買う”という行為はお金を使うため格差が生じます。一方、“コトを創る”という行為は時間を使うため誰もが平等に楽しむことができます。

 決して、モノが悪いわけではありません。モノもコト化することで輝きを放ちます。
 たいていの場合、モノは買った時が一番価値を持っていますが、時間が経つとともにその価値は減っていく傾向にあります。特に現代のプロダクトは壊れたり、傷がつくと、その価値は大きく損なわれます。

 ですが、以下の場合はいかがでしょう?

・父親が毎日座っていた古ぼけた椅子
・子供の身長の伸びに合わせてつけた柱の傷
・妻がうっかり割ってしまったが食器を金接ぎして使う

 販売目的で考えれば価値はゼロに近いかも知れません。しかし、想い出という視点で見れば、何物にも代え難い価値を持っています。

 最後に、「子は鎹(かすがい)」と言いますが、みなさん鎹はご存じですか?
 柱や梁など木材同士をつなぐ時に打ち込むステープラ-のようなものなのですが、割れてしまった茶碗を直すときにも使います。
 中国映画『初恋の来た道』では、主人公の女性が恋をした男性に料理を作った際に、男性が使用した茶碗が後日割れてしまい、その茶碗を直すシーンで鎹は登場します。

 壊れてしまったモノやコトでも直すことはできるのです。