言葉の乱れが心の乱れを招く

 私たちの美しい言葉が乱れを生じてきています。
 この言葉の乱れに大きく影響を与えているのは、若者中心に使われている言葉で、どれもネガティブな形容詞ばかりです。

ださい(格好悪い)
うざい(うるさい)
きもい(気持ち悪い)

 言葉には言霊があります。声に出した言葉は、言った相手はもちろん、自分、そして周りの環境にも影響を与えます。
 ポジティブな言葉を使い続ければ、自分やまわりの人を幸せにすることができます、逆に、ネガティブな言葉を使い続ければ、自分やまわりの人はどんどん不幸になっていきます。

 いじめや心の病気、自殺の増加は、相手を傷つけるネガティブな言葉が元凶です。現代の殺伐とした社会を変えるためには、相手を不幸にする言葉を使うのではなく、幸せにする言葉を使うべきなのです。

すばらしい
うつくしい
やさしい
おいしい

 また、言葉は魂を持っています。そのため省略したり、語感を変えてしまうと、本来の意味は失われます。

すげー(すごい)
うめー(うまい)
ありえねー(ありえない)
マジ(まじめに)

 せっかくポジティブな言葉を使っているのに、相手には言葉が持つ肝心の効用が伝わらないばかりか、人によっては不愉快な印象を与えかねません。



まずは、きちんとした挨拶から

 毎日を楽しく生きようと思ったら、やはりきちんとした挨拶から始めることが大切だと思います。

 「おはようございます」は、朝、人に会ったときに交わすの挨拶ですが、語源は「お早く○○ですね」の「お早く」が転じて「おはようございます」になっています。
 つまり、1日を有効に使うために、早くから行動することを推奨している言葉なのです。

 また、「ありがとう」は感謝の気持ちを表す言葉ですが、「有り難く」がウ音便化して「ありがとう」になりました。本来の意味は「有ること」が「難い」という意味で、「滅多にない」という意味です。
 つまり、相手の好意に「滅多にないことです」と感謝して、口に出る言葉なのです。

 「いただきます」は食事を始めるとき言葉ですが、口にする植物や動物の命をいただくための挨拶の言葉です。
 以前新聞で、給食費を払っているのだから子供に「いただきます」と言わせるのはおかしいという親の記事を目にしました。意味をきちんと理解しないがために、担当の先生を傷つけています。

 そもそも挨拶の「挨」は押す、「拶」は迫るという意味で、禅家で門下の僧に押し問答して、その悟りの深浅を試すことを「一挨一拶」と言いました。ここから問答や返答の言葉を「挨拶」というようになったのです。

 本来、挨拶とは自分と相手との悟りのレベルを推し量るもの。形式的になってしまった儀礼とはいえ、その意味は失われていません。

 だから、「おはようございます」と言われたら「おはようございます」と答え、「ありがとう」と言われたら「どういたしまして」と返す、当たり前のことが重要なのです。