伊勢神宮と坂口安吾 新日本地理01 安吾・伊勢神宮にゆく | ReubenFan

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伊勢神宮/Ise Jingu

坂口安吾  日本の小説家、評論家、随筆家 

 

「安吾の新日本地理01安吾・伊勢神宮にゆく」 (1951年昭和26年初出) Kindle 無料版 青空文庫

 

敗戦から数年しかたっていないときに伊勢神宮を訪れています。隣の朝鮮半島では、戦争で300万人以上の死者が出ている時代です。作品各所で、戦災や戦争のことがでてきます。

「新日本地理」という企画自体、敗戦を機に違う価値観で日本を見ていこう。それには坂口安吾がおもしろいかも、というのが文芸春秋側の狙いだったのでしょう。
新日本地理で、安吾は数年前まで国を覆っていた皇国史観、すなわち「天皇が作った歴史と国土」という国策的な刷り込みからの脱出と、本来の人々の発見を目論みとする旅をしたのではないでしょうか。

占領軍が日本に進駐し、今までの価値観がひっくり返りながらも人々が生きていく姿が伝わります。

 

このシリーズのスタート01号として「伊勢にゆく」というのは、皇国であった日本の原点をまず見ようという出版社の意図だったのでしょうか。 が、本人は伊勢神宮には行っているものの、その参拝に関する記述は1ページにも満たないのです。そのこと自体が安吾の伊勢神宮に対する思いの表れかもしれません。

 

しかし、古代にさかのぼり、猿田彦、蘇民将来、大国主、スサノオ、また伊勢の町や志摩での古代からの人々について、あまり力まない文章には幅広い知識と、とても深い洞察が溢れています。

ネットや、案内本、マスコミ、観光業者の情報刷り込みに邪魔されない時代です。冷静で、客観的な観察が続きます。明治39年生まれで治安維持法の制定前に育っているのも影響しているのでしょうか。

神話や、日本書紀、古事記に対しても政治的に意図された「作品」としてとらえて、伊勢創始についての垂仁期の記事も歴史ではないという視点です。

 

当時の為政者、中央朝廷が、地方の豪族を脅し、なだめながら中央集権統一に組み込んでいったことが、記紀神話や各地の伝承に残っているともいっています。

引用した次の文章は、まさに、安吾が見抜いた伊勢のまとめであるように思えます。

「伊勢は天孫族の祖神を祀る霊地であるというよりも、征服者と被征服者の暗黙のカットウを生々しくはらみ、一脈今日の世界に通じる悲劇発祥の地、人間の悲しい定めの一ツを現実に結実した史地と見ては不可であろうか。」

 

猿田彦

強い関心を持って多くのページを割いているのが猿田彦。

朝廷に服従し、土地を寄進したという被征服者側ながらも、この地でその勢力を守ったのではという見方も示しています。そして、その日和見的とみられる態度は、土地を朝廷権力から守ろうとする地元豪族からは嫌われ、海に沈められ、排除されたのではないかと。

神というより、現代に通じる普遍的な人間の悲しい定めと捉えているように感じます。

 

蘇民の森、スサノオ

これも数ページを使って述べています。伊勢で年中飾るしめ飾りには、蘇民将来の札がかかっていることにもふれており、その背景にある地方の古来からの根強い原始信仰について語っています。

伊勢神宮への入り口、五十鈴川河口にある蘇民の森や、猿田彦、そして本来、日本人の人気を集めていた大国主、スサノオについての想いを語ります。

 

志摩

海女や真珠にも深い気持ちを示しています。原始からの伊勢の成り立ちの源と位置づける志摩について、訪れていないにもかかわらず大きな興味を示し、海からの文化の影響を語っています。

 

グルメ

伊勢神宮とのつながりはあいまいなまま、松阪牛には神宮より多くのページを費やしています。食に関する興味を、社会的な考察と並べることで、安吾はその視点が生身の人にあることを示しているように感じます。

 

・「伊勢神宮にゆく」というイベントの中で、神宮参拝というところから距離をおくのも、坂口安吾ならではの角度からの伊勢訪問なのでしょう。昨今見られる感傷的な神宮の印象とは異なり、自分の内側にある神宮すなわち日本の姿を描いた紀行になっているのでは。
伊勢の原始信仰の原点としての志摩への想いが強く残るまとめになっている感じです。

 

・新日本地理というシリーズでは、さらに飛鳥、宮崎や飛騨といった日本を作った土地を訪れています。また、別の号では、「高麗神社」にも触れ、埼玉県高麗地方を訪れて、日本の創成期における朝鮮半島や渡来人の関りについても、多面での感度の鋭さを示しています。

 

・戦後間もない頃に、このような客観的、論理的な洞察をちりばめた読み物を提供したことにある意味驚きを持ちました。

 

元号が変わる今年、表層的な報道や解説が溢れると思います。しかし、70年近く前のこの著書をみますと、いろいろな角度から多層に形成され変化してきたたこの国のシンボリックな神宮に対する興味が深まります。

 

・ディジタルデータ化は、ボランティアが行い、Kindleでは無料で提供しています。

この書を取り上げ、労を執ってくれたた方のおかげで戦後の伊勢に触れることができました。

 

続く 二見 松下社 蘇民将来