【複製】お盆休み | return-of-cd125tのブログ

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今年もお盆がやって来た70年目のお盆だけど。良く生きてきたものだ。子供のころから高校時代まで危険なことばかりやってきて、死にかけたことも何度もある。思い出せば高校の時、背の低い私をおもちゃのように体を持ち上げ遊んだA君に、プライドの高い私は切れて、彼のあごに一発パンチをくらわした。彼の顔はみるみるみる鬼の形相に代わっていった。人をもてあそんだくせに何だこいつはという気持ちもあり、私は笑ってごまかそうとして机の椅子に座ったのだが、彼の怒りは収まらず私の背後から、空手の拳で私の頸椎を狙った攻撃を仕掛けてきた。おそらく彼は私を殺そうと本気で思っていたのがありあり分かった。その時、同級生が止めに入ってくれなければ、彼はさらに二発目のこぶしで私を殺していたかもしれない。それほど彼の怒りを感じたのだ。彼は小学生の時からスポーツ万能で町の水泳大会ではいつも優勝していた、私とは違う違う小学校と中学だったのだが、私は一種憧れのようなものを持っていた。そんなことで、高校になって初めて彼と対面することとなった。彼は180センチはあっただろうか、ところが私は160センチの小兵。彼がこれほど凶暴な人間だったとも知る由もなかった。それから私の首は変調をきたしてきた。元々良い頭とは言えないのにさらに成績が下がり、おそらく最下位あたりにいたのだと思う。しばらくして剣道の授業で体育教師が私と彼の名を呼び、彼と私を対決させるという粋な計らいをしてくれたのだが、私は基本道理の構えで馬鹿のように、上段の構えで突っ立っていた。彼は剣道部で、剣道などやったことのない私が、しかも長身の相手に勝てるはずもない。彼は二本とも、胴着の隙間を狙った。彼にとっては子供相手の試合だったに違いない。同級生たちは周りで座り、この試合を見学して頑張れと声援してくれたのだが、あまりにあっさりと決着したので落胆の声が聞こえた。まさかそれほど彼を打ち負かすことに期待してくれていたとも思わないので、何か恐縮してしまった。それから、故郷の同窓生が催してくれた同窓旅校に参加したのだが、東大寺の大きな門を背にしながらバスまで行く参道で一人の同級生がA君が還暦を前にして亡くなったというのを知らせてくれた。彼の記憶にもあの事が片隅に残っていたのだろう。しかし後々、禍根を残すような出来事というものは、余程因縁というものが関わっているのだと思う。今頃A君はどうしているのだろうか。私の人生というのは何の計角もなく、とにかく無謀な人生だ。というか、それしかできなかったというしかない。