怒りとは。
「自分が攻撃されたとき、もしくは攻撃されそうな状態のときに感じる」感情です。
怒っている人は、自分の身を守ろうとしています。
自分が攻撃されたとき、「怒り」で自分を守る。
危害を加えられている。もしくは、加えられそうだ。
自分の安全が脅かされている。
反撃する手段として「怒り」を使うわけです。
いつも怒っている人がいますね。
話しかけるとキレ気味に返事をする人とか。
いつもイライラカリカリしている人とか。
いつも怒っている人というのは。
自分の周りにいる、たいていの人が、敵に見えているのです。
…怒っている人すべてがそうではないですけれどね。
そういう心理もある、くらいに思ってください(笑)。
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「仕事が出来るこいつは…危険だ。ほうっておくと、いつか自分が脅かされる。」
自分が脅かされる前に、「怒り」で相手に「恐怖」を植え付け、恐怖心を煽って相手をコントロールする。
相手を思い通りにコントロールすることで、自分の身を守っているのです。
それは、自分の不全感と向き合う「不安」から、自分を守るため、とも言えます。
どちらにせよ、自分の身を守るためです。
…念を押しますが、怒っている人すべてがそうではないです(笑)。
「こいつは危険だ」タイプの怒っている人は、相手を敵だと思っています。
相手のことがわからない。敵か味方かよくわからない。
脅かされたと本能的に感じてしまった際に「敵意」が芽生え、「怒り」が湧くのです。
「こいつは危険だ」タイプの怒っている人は、相手のことがよくわかっていない人なのです。
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さらに、自分のココロの中の敵意にうんざりしています。「敵」と思っています。
一番の味方である自分の中に「敵」がいるわけですから、外敵なんざ現れようモノなら。
全力で叩こうとするでしょう。
相手を敵と見なすときに「敵意」を感じます。
逆に言うと、「相手は自分を脅かさない」と感じれば、「怒り」は湧かないということになります。
「相手は自分を脅かさない。味方だ。」
感情で言うなれば、理想形としては。
「相手は自分のことが好きである。」
という状態です。
「好かれたい」と思っているのです。つまり、「嫌われている」と思っているのです。
しかし、「好かれたい」という欲求は出してはいけない。
それは「甘え」だ、と、本人は思っています。
すなわち、「甘え」を「敵」だと思っている人です。
甘えられなかったんですよ、きっと。
親御さんがすっごい厳しい人とかでさ。
「甘え」を許されなかった人なんですよ、きっとね。
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「甘え」に関しては、 「甘え」の構造(著:土居健郎)という書籍がくわしいです。
私はこの本で腰を抜かすほど「甘え」の概念が変わりました。
実際、腰が抜けました(笑)。
「甘え」が許されなかった環境で育ったので、甘えたい欲求がずっと邪魔だったのでしょう。
そこで「甘え」を【抑圧】した。
無意識の底に封印した。
しかし、根源的な欲求は、【抑圧】して封印できたとしても、消えることはありません。
無意識下で、甘えたい/好かれたい/愛されたい欲求がふつふつと沸騰し。
長い年月をかけて欲求不満が「敵意」となり、「怒り」として顕在化する。
そのような仕組みです。
同情してあげて、という意味ではありません。
本人自身で、自分で「甘えたい欲求」と向き合うことが必要です。
…これがつらいんだよなぁ!つらいですが、できます。
オレにできたんだからナ。
他者にできることは、『私は、あなたを脅かしませんよ。』という【参照】を提起することです。
相手にとって【参照】が多くなればなるほど、その人から「敵意」が薄れていきます。
「…今までずっと勘違いしてたかも。」と思ってもらう。
好きになれとは言いません。
脅かさないことを示せば十分です。
それで十分です。
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だーっと書きましたが、まとめますと。
なんだかとにかく、いつも怒っている人というのは。
不安でいっぱいなのです。
自身のネガティブな感情を紐解けるのは、本人のみ、です。
他者はできるのは、サポートです。
きっと紐解く日が来ます。一日でも早く楽になればいいなぁ。
そう願ってやみません。