性格診断などでよく見かけます。

「あなたは感情派」「あなたは論理派」というクラスタリングです。

 

どちらが正しいのか、という議論にはあまり意味がありません。

 

どちらもアリだからです。

 

人間には感情論理、どちらも備わっています。

その人にとってどちらのほうが優位であるか、というだけです。

 

感情豊かな人の悩みとして、「ネガティブな感情に苛まれる」というモノがあります。

不安、恐怖、悲壮、無力感や虚無感、怒り、嫉妬 etc…。

ネガティブな感情に押しつぶされそうになる。自分がすり減っているような感じがする。

もう、やだぁぁぁ!

 

こういうときは、論理の出番です。

 

 

感情は見えにくいが、論理は見えやすい。

 

論理は言語化しやすく、説得力が強いです。そこを利用するのです。

 

どうして不安なんでしょうか。理由はなんでしょう。本音はなんでしょう?

「なぜ?」と掘り下げていくと見えてきます。

「なぜ?」と考えることが、論理的思考です。

 

論理的思考は、なんだか小難しい感じがしますが、何のことはありません。

「なぜ?なんで?うーん、こうかなぁ。いや、こういうこともあるなぁ。」

「…なんだかわかんなくなってきた。一旦一言で言ってみるか。」

「あー、そういうことかもね!」

 

「かもね!」でいいんです。

論理はひとつの正しい答えがあるように思えますが、出た答えにも両側面があります。

答えの意味はひとつではないのです。

 

…ひとつであってほしいじゃないですか、答えや結論って(笑)。

ひとつであったほうが安心できますからね。でも、ひとつではないのです。

 

論理的思考は、自分が納得するために答えを導き出すモノです。

答えが正しいとか間違っているとかいう議論にはあまり意味がありません。

 

「その答えでやってみようかー!」ってなもんです。

 

……

 

漠然とした不安に苛まれている。

 

「なんだかとにかく、もう不安で居たたまれない。」

 

つらい思いをずっとされてきたんでしょうなぁ。

よく今までやせ我慢したもんだ。

耐える力があるのですね。

耐えたあなたのおかげで、救われた人は必ず存在します。

救われた人は自覚がないことが多いですけれどね。

必ずいます。その人に代わってありがとうと言いたい。

 

漠然とした不安を解消するためには、不安を紐解く必要があります。

…これがつらいんだよなぁ!

つらいですが、もし必要だと感じたら、思い切って紐解きましょう。

 

そもそも不安とは何でしょうか。

 

○危機を察知したときに感じる

●どきどきして落ち着かない

 

一言で言うと、

▼人間に備わっている安全装置

です。

 

何かの危機に直面しているのです。

危機を、身体が「不安」という感情として教えてくれているわけです。

 

その危機とは何でしょうか?

仕事でしょうか。将来でしょうか。家庭でしょうか。身体的病気でしょうか。

現実的な危機でしょうか。精神的な危機でしょうか。

…あ、全部ですか。ではひとつずつ紐解きましょうか。

 

…。

……。

というような感じで、掘り下げていく。

「人間に備わっている安全装置」が正しいか間違っているかはどちらでもかまいません。

安全装置、かもね!」です(笑)。

 

掘り下げて自分で納得するために、論理的思考を使うわけです。

 

掘り下げて感情を思考することがすなわち、感情を受け入れていくことに繋がるのです。

 

………

 

感情情熱は大変パワーが大きいものです。

ネガティブな感情に、ポジティブな感情で以て真正面からぶつかると、こっちが傷だらけになると感じるのなら、論理を使って掘り下げていく方法を取ってみる。

 

楽な方法を取ろうというわけです(笑)。

 

わざわざしんどいコトしなくていいじゃないですか。

 

楽にやっちゃえよ。アリだから。

 

感情論理をくっつけてください。

論理を味方につけてみてください。

感情 or 論理じゃなくって。

感情 and 論理にしちゃいなよ。

 

楽になるから!