今年の目標
一カ月たとうとしていますが・・・汗
・ネットの時間⇒本を読む
去年も読んでないわけではなかったのですが、休日だけとか、凄く興味があるものだけ、と限定されていました。今までネットしていた時間を少しづつ本にシフトしていきたいと思います。ネットでも学べることはたくさんありますが専門的なことは本の方が断然はやいですね。今週は2冊、目標は低く立てた方がやる気が出るらしいのであえてノルマは決めない方針にしたいと思います(;^_^A
・周囲のレベルにあわせない
これはまたふわっとした目標ですが汗。会話や仕事においてたまーに周りをみわたして「このくらいでいっか」と本当はもっとやれる、本当はそんなの駄目でしょうと思うことなのに他人の目がきになってしないことがあります
自惚れ、怠慢、自意識過剰もいいとこです
そんなことをしていたので今までの人生最初はできてもそのまま成長が止まることに。
、無駄な感情に勝つために意識の理論化を
・朝 酵素たっぷりの新鮮ジュースを飲む
これは金的に厳しい予感はしますが、代謝アップ、美容にもいいということでできれば取り入れたい、ので休日ジューサーなど調べてみようかと思います
・日焼け止めを塗るのを当たり前にする
老け顔らしいことに最近気づいたのでせめてシミをあまりつくらないようにしたいです
モットー
甘えを失くす
打たれ強くなる
目標を低く設定し現実にする
映画 ヒミズ
今年初の映画みてきました
原作 古谷 実
監督 園 子温
という最強タッグで期待値も大でしたが、想像以上に素晴らしい作品でした
元々原作のヒミズは自分も学生だったころに出会い、青春ダークといいますか、そういったジャンルの作品にはまったきっかけでもある漫画でした。
笑いの時間は終わりました、
そういって稲中の時の作風を封印し、人の”ある時”にいる心の世界を見事にかきつるしたヒミズとヒメアノ-ルは古谷 実の新たな可能性を代表する傑作です
園 子温は愛のむきだしで一部話題になった知る人ぞしる有名な監督ですが、全く同じ感性の持ち主とはいえませんが稲中後の古谷と同類の匂いをぷんぷんさせる監督です
その二人がコラボだと!!
知ったときに喜んだ人は私だけではないはずです
ここからは感想
まずは演出や脚本について
序盤、あまりに露骨な台詞回しと演出音に、大丈夫か?と不安を覚えましたが、演出音に関しては終盤まで軸がしっかりした状態でつかっていたので、台無しにすることや、うるさいと感じることもなく、この映画を語る上で重要な要素となっていたと思います。軸がしっかりしているのは台詞回しも同じでした。
同じ文句が数回出てくるのですが、でるタイミングがうまく調節されていて、時間の変化、事が起こる前と後での違いをうまく伝える効果としてうまく働いていました
園子音特有の暴力シーンは結構多く出てきます。そこはみるにたえないという方も多いでしょう。
また特有の妄想の使い方など、暴力シーンが多いからなのか残虐性が強まる妄想シーンの不安感からなのか、飽きるということは全くないです。ぐいぐい引き込まれていきました
妄想と暴力がおりまじりながらもストーリー展開は素晴らしくきれいで、去年のXmenやディズニー作品を思い出します。余計なものはとりのぞきながらも、しっかりと人の心に訴えかけていく、まさにプロのつくりでした
そこに関しては愛のむきだしはストーリーがあまり好きじゃなかったためか、園子温監督に対して、ものすごくレベルの高いアマチュアという認識でしかなかったのが、いや、すいませんプロです!とあらためて見る目をかえるできのよさでした
震災があってから脚本をかえたというニュースが一時期でました
レビューで震災がはいっていなければという評価もありましたけれど、私は変えたことはいい判断だったと思います。
というか私みたいな小物がこんなところで軽々しく評価していいレベルのメッセージではありません
ラスト、ラストです。
原作ヒミズを読んでいる人はお分かりでしょう。ヒミズの良さは所々にあるものの、ラストがもっとも印象に残る作品でした
映画ではじめてヒミズに触れた人は原作を読んで映画はなんであのストーリーにしたのか気づいて、メッセージ性にきづくはずです
本当に見てよかったです
感想、心情的なこと 注意ネタばれあり
まず茶沢さんすげーな!
につきます。原作の時点で茶沢さんの存在がこんなにも重要だったとは気づけませんでした。
決して幸せとはいえない環境で、耐えることができる女性。尚且つ未来を考えられる視野の広さ。
たまっている暴力性や苛立ちを決して他人にぶつけたりしない利口さ。あ、いや結構叩いてたな・・・汗
主人公からみれば苛々させる存在でしかなかったのに、彼女の奥深さが癒しの存在へと変わった要因ですね。
環境に関する不満や不安、あきらめ、衝動的な攻撃性、空虚。
そんなものがどろどろと常にうずまいている人間が陽気に笑う人をみると、偏った考えかもしてませんが、疎外感と罪悪感をうけるため好ましい存在ではないんです
ところがそこの感情をしっている人間の笑顔だけはいずれ癒しとつながる力をもっています
茶沢さんにはそれがありました
同じホームレス仲間にもその癒しがありました
原作ではそれを感じ理解し、更生の道を目指すも、あの世界で言うところの”病気”が形をもってあらわれ悪魔の言葉をささやきます
「おまえ ほんとうに・・・」
原作でなぜ自殺してしまったか、茶沢さんを好きになりすぎて自分が邪魔だという思考回路になったから、だと思っています
「想像してみて?」
「ああ、幸せだ」
彼は自分を信じることができなかった、いずれ”病気”が再発して茶沢さんの幸せを邪魔する自分も頭をよぎってしまったんでしょう
しかし映画はあのラストです。
原作と映画の少年で環境は何一つ変わっていません。
変わったのは少年だけ
たしかに環境は人を生成するのに7から8割いえ、9割とほとんどをしめているかもしれません。
しかしたとえ99パーセント環境で支配されていたとしても残りの1パーセントが選択権をもっていることがあるんです
苦境の時こそこの1パーセントの選択にきづけるか気づけないかでこんなにも道がかわってしまうのかとあらためて考えさせられました
しかしまた茶沢さんの話になってしまいますが彼女は観察眼もすごいんですよね
一度決別したホームレスの仲間、うざったいだけの明るい店の改装
それに久々に囲まれた主人公の少年は笑います
しかしこの笑いは癒されたとか楽しいからの笑いではないんです
もうどうせ今日死ぬから自分が決めたルールをやぶってもいいやーーという投げやりの笑いです
それに気づき茶沢さんはつっこみます
というかこういった人によれば細かいやりとりから読み取れるものをいれてくるつくりも素晴らしいと思いました
クリエイターは一くくりにできませんよね
そんなの当たり前の話ですが、私が今日思ったことが”穴埋め”をするクリエイターの存在
幸福に囲まれ、大事なものさえ忘れそうなときには暗い作品を、
苦境の時代には道を照らすものを
時代、世情、人の心をいち早く感じ取り、天然でも計算でもいい、ただ大事だと思うことを表現する。
結果暗い作品も明るい作品も同じでただただ人を手助けしているんだと思います
