鴨長明の作品「方丈記」の朗読(佐藤春夫訳)を聞いていて、鴨長明が60歳近くになっても楽器を演奏して楽しんでたことがわかる。鎌倉時代の人だから、当時としてははかなりの高齢だろう。そんな年齢でも山で一人暮らし。いい人生を送ったんじゃないかと思う。

 

※修正版【古典朗読】鴨長明「方丈記」現代語訳〜おやすみ前や作業用BGMにも【元NHK フリーアナウンサー島永吏子】 - YouTube

 

 

以下は楽器演奏に関した文章の抜き書き。因みにテキスト全文は「青空文庫」で公開されている(鴨長明 佐藤春夫訳 現代語訳 方丈記 (aozora.gr.jp))。


自分の寝床には東の端に蕨(わらび)の穂を取って来て敷いて置いた。西南の方には竹のつり棚を造った。それは真黒な皮の籠(かご)三つばかりを置く為でありその籠の中には幾冊かの和歌の書物や、音楽の書物、又は「往生要集(おうじょうようしゅう)」等の抜書(ばっしょ)したものが入っている。これはつれづれなる折に読みかつ慰めにする為である。その傍には「おり琴」と「つぎ琵琶」と名付けてある琴と琵琶とを一張ずつ立て掛けて置いた。上述の如きものが現在の私の住いである。

時には桂大納言(かつらだいなごん)に真似て「秋風」と云う曲を琵琶で弾いたりすると松風の音(ね)がこれにまるで和する様に聞えてくるのである。「流泉(りゅうせん)」と云う曲を弾くと谷間を流れる水の音がこれに和するかの様に聞えて来るのである。私の琵琶を弾ずる技能は決して上手であるとは言い得ないのであるが、誰の為に弾くと云う事もなく、唯(ただ)自分で弾いて自分で楽しむのだからこれで充分なのである。自分はその曲を弾いて爽かな気持になって落ち付いて自分の生きている事を楽しみ、山の孤独の淋しさを慰められればそれで結構なのである。

 

自分の奏でる音と、外からの風の音や水の音が和して聞こえるなんて、本当はすごく上手なんだろうなあ。

楽器を弾く動機にも共感する。