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2016年4月23日公開した劇場版『遊☆戯☆王』についてです。
とても長文なので分割しました。
このブログで文字数制限ひっかかったのは初めてです…。
それくらい長ったらしいのでご注意。

あと全部ネタバレしてるのでこれから観る予定がある方はそっ閉じして下さい。



小学生の頃に大好きになり、そこから多感な時期を彩ってくれた遊戯王は私にとって大切な作品です。
その久々の劇場版と聞いて、『超融合』の時のようなお祭り作品を想像していましたが、結果としてナメていました。

「原作者が原作してる」って、こんなにすごいことなんだ…!

というのが初見の感想。
いやあ…これまで好きな原作者が監修している映画を観てきた人はこんなにいい思いをしてたのか!?と思いました。
(今回、和希先生は脚本も担当しているので、監修なんてレベルじゃないわけだけど)


独特な台詞回しが遊戯王。
カードゲームにプレイヤーの生き様が出るのが遊戯王。
そしてどんなキャラも本当に活き活きとしていて、ちゃんとそれぞれの人生(原作最終回の1年後)を生きている。
しかも、原作最終回で「光の中に完結する物語」とされていたことからか、映画の冒頭は光の中からスタートしてるし。

何なんだこのガチ続編は。
原作が完結して12年ですよ…誰が、こんな続編を観られると予想していたでしょう。


以下に自分が考えたことをまとめます。


◆考察


【1.それぞれの目的・立ち位置】


今回の映画は「三すくみ」というのは公開前からスタッフインタビューなどで言われていました。

《遊戯サイド》《海馬サイド》《藍神サイド》の三つですね。

それぞれの立ち位置が初見ではよく分からない所もあったので、複数回観た今、自分なりにまとめてみることにしました。
個人的な解釈も含みます。


《遊戯サイド》

千年アイテムを全て集め、アテム(=もう一人の遊戯)を冥界に送った遊戯と仲間たち。
それからは普通の日常生活を送っているようですが、城之内くんの「あいつの記憶、無理に消す必要はないんじゃねえかな」というセリフを見ると、遊戯はアテムがいなくなってしまったことをまだ完全に乗り越えてはいないらしい。

そりゃああれだけ一緒にいたもう一つの心がなくなってしまった訳だから、そう簡単にはやりきれないだろうけど…遊戯がアテムを無理に忘れようとしていた(本人は否定してるけど親友にはそう思われた)というのは、人間らしい弱さをちゃんと描いてくれているように思えて何だか嬉しかった。


原作の最終回が掲載された当時、私が見ていた遊戯王ファン達はほとんど、アテムと遊戯がずっと一緒に生きる展開を望んでいたように記憶しています。
だからアテムとお別れする最終回にどれだけのファンが涙を流したか…。
正直、私も最終回は辛くてあまり読み返せませんでした。

今回の遊戯を見て、当時のそんな様子を思い出したりしていました。


《海馬サイド》

アテムに勝ち逃げされた形になった海馬社長は、アテムを復活させるのに全力を尽くしています。
和希先生はこの映画の話が来た際、まず海馬があのままで終わるはずないと思い浮かんだというけど…ほんと、今回はこの人が主人公ですね。

映画内で語られたアテム復活の方法は3つ。
①デュエルリンクス内で人物データを組み上げ実体化
②千年パズルを発掘し、再び完成させる
③デュエルリンクスのシステムを応用し、自分自身が次元移動する(アテムのいる冥界に行く)

なんか…海馬コーポレーションがどんどん進化していて感嘆。
しかもこのデュエルリンクス、後述する藍神くん達プラナの力に打ち勝っちゃうからすごすぎる。

でも思えば初期の頃からずっと、社長は科学を駆使して闇の力と互角に渡り合おうとしてきたんだよなあ。
闇遊戯による罰ゲーム「死の体感」を真似してバーチャルリアリティシステム作るし、ペガサスの千年眼に対抗して決闘盤作るし…。
10数年経っていてもそういうところ全くブレてないなと。

社長にとって、「遊戯」はアテムの魂の器でしかなく、藍神たちはアテムと再戦する夢を阻む邪魔者というわけですね。


《藍神サイド》

今回のゲスト。
と、いうよりも…密度濃すぎてこれ「プラナ編」として長期連載できるレベルの情報量あるんじゃないだろうか。

ぶっちゃけ最初は何してるのかよく分かりませんでした。
「僕達だけの高次の世界に行く」とか言ってるけど、勝手に行けば…?って思ってた^^;
それか、「王の魂が冥界に行く」ことで「高次の世界に行ける扉が開く」なら、もう藍神くん達は高次の世界に行ってるの?とか。(あのプラナが集う、空中に浮かんでる場所が高次の世界?とも思った)

どれも違いました!ってか本編で言ってましたね!
「僕らの望みは高次の世界。この世界を変えるため、必要な人数にまもなく届く」
高次の世界っていうのは自然に行けるわけじゃなくて、仲間を増やし続けることで今あるこの世界を自分たちで乗っ取ってしまおうということか!
だから同じ波動を持つ仲間を探して、逆に「こいつ嫌だ」って奴は低次元に送る(消す)ということなのね。
選民思想的な。

遊戯は自分たちの世界を、仲間を守るために藍神くんと戦ってたのか…(獏良くんを助けるだけじゃなくて)


千年キューブを持ってる人がプラナのリーダーだとして、それはシャーディーから藍神くんに受け継がれた。
その藍神くんは地道に仲間を増やしていたんだけど、途中で獏良くんという復讐の相手を見つけてしまって、復讐心が募り童実野高校に潜入…という流れですよね。

そうそう、藍神くんの目的が3つあるから、初見だとちょっと分かりづらかったんですよ。
①獏良くんへの復讐
②高次の世界に次元シフトすること
③王の魂を復活させないこと(②ができなくなるから)
だったのね…。
いや私の理解力がないだけかもなんですけど。



【2.プラナの力】


パンフレットによると、プラナのイメージはSNSだそうです。
Twitterに例えるなら、藍神くんはめっちゃフォロワー多い人w
で、その人が考えたことをフォロワーはみんな真似して同じ方向を向くっていう関係。
その人が誰かを叩けばフォロワーも一緒になって叩く関係。
気に入らない奴はみんなでスパブロ凍結と。

だから最後に藍神くんが千年リングの闇の力に影響されてしまった時、プラナもみんな暗黒次元に染まってしまったんですね。


プラナの力になぜ社長が対抗できたかも、最初はよく分かりませんでした。

とりあえず個人的解釈。
藍神くん達プラナの力を「認識力」として見ると分かりやすかったです。
自分を、他人を「こういうものだ」と決めて認識する力です。
この世の人は誰しも無意識に持っている能力。
「僕らの意識波動プラナーズマインドは、従来の人間のおよそ7倍」と言ってるのは、プラナ達は意識を繋げて増幅できるから、普通の人より認識力が高い。
藍神くんが黒と言えば、プラナ達はみんなそれを黒だと「認識」する。
そして大勢の人間にお前は黒だと言われれば、人間一人がそれを覆すことは容易ではない。
ネットで一度炎上した人が悪印象をずっと背負うのと同じように。

社長がなぜ対抗できたかですが、それこそ社長もかなりの「認識力」を持つ人。
童実野町だけではあるけど、どこにどの住民がいて何をしているか、恐らく全部把握しているのでしょう。一人一人のデッキもね。
そして新デュエルシステム「デュエルリンクス」は、人間の自我を増幅させる力がある(マニ談)。
デュエルリンクスはあらゆるカードデータを全世界ネットワークに繋げることが可能。
デッキ情報もデータ上できっちり管理される。
デュエリストにとってデッキは魂そのものですから、デッキデータがあれば自分を見失うことも無いのかなーと解釈しました。
科学の力つよい。


象徴的だなーと思ったのは、中盤の雨の交差点シーン。
あれ社長は自分が交差点に入るために、車側の信号を全部赤にしてるんですよね。童実野町を支配している彼なら、信号いじるくらい朝飯前なんでしょう。
で、その後に車に轢かれそうになった遊戯をセラが助けてくれるんですが、これは瞬間移動というよりも、セラが「遊戯が交差点内にいなかった世界」を認識することでその通りになった…ということかなと。

なんだかSFな話になってきましたが^^;

とにかく、このシーン、社長とセラのしていることは本質的に同じだなーと思いました。
常人には逆らえない力で結果を望み通りにした。
社長は信号を赤にしたいからした。
セラは遊戯を交差点外に置きたいからそうした。

社長はプラナと互角に渡り合える人間なんだなあ…。


(藍神くん達プラナが瞬間移動してるように見えるのも、瞬間移動というより「その時間その場所にいる自分」を認識した結果起こったことだと解釈してます)



【3.アテムがなぜ現れたか】


まさか王様が本当に出てくるとは。嬉しかったんですけど、初見は正直「なんで?」が強かった。
あれだけきっちりお別れして、完全にケリがついたはずだった。
会えるわけないはずなのに。


ええと、まず古代エジプトの死生観について。
これは原作で言っていることですが、「死んだ人間の魂は冥界に行く」という考えがエジプトにはあるようです。

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(遊闘13より)

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(遊闘132より)

成仏するとかではなく、
魂は永遠のものという考え方。
(実際、冥界の扉が開かれて、ペガサスは死んだはずのシンディアと会ってる)

つまり、冥界という異なる次元において、アテムの魂は存在し続けている。


私の考えとしては、何か依り代とか引き金のようなものがあれば魂がこちら側に来られるのかな?と思いました。


《城之内くんの場合》

ラストシーンで「実は俺も会ったんだぜ」と言っていることから、あれは幻などではなく、本当にアテムが城之内くんに会いに来たと考えてます。

これは映画公開してすぐにファンに言及されていたことですが、たった一人の空間に飛ばされた城之内くんが意識を失う場所は、バトルシティ編で遊戯と城之内くんの絆が深まった「あの時計」の近く。
しかも時計の表示は9時。
バトルシティ開催の時間と一致します。
この一連のシーン、観れば観るほど明らかに意図的に時計を画面に映りこませているとしか思えない。
関係ない訳はないと思います。

で、私としては「遊戯と杏子と本田くんもあの時間、時計の場所に偶然来た」というのが最後の引き金になっていたらいいなーと。
あの4人、いえ5人は「ピースの輪」のメンバーだから。

"これから卒業とかして
バラバラになって
一人になってつらい時があったら…
このピースの輪を
思い出すの!
今この場所で
仲間がこーして
一緒にいたってことを
思い出して!
すぐにこのマジックのインク
なんて消えちゃうけど………
私達の心の中で
この輪はけっして
消えることはないわ!"
ー遊闘33より

杏子のこのシーン本当に好きなんですよね。
これのお陰でDEATH-Tでは海馬にも勝てちゃうんですから、結束の力は偉大。


じゃあ遊戯たちがあの場所に来なかったらアテムも来れなかったのかという話になりそうだけど、そこはほらお互い引き合ってるのが遊戯たちだから…。
ご都合展開上等!
これが友情教だ!


ちなみに原作を読み返してて、路馬戦の城之内くんのセリフに震えたことをここに記しておきます。

"オレは………
未来なんざわからねえ!
たとえば この通りを
歩いて行って
街角を曲がれば
また別の街の景色が
広がるだろう…
そこには知らねぇババアが
ガキをかかえて
買い物をしてるかも知れない…
その程度未来(さき)のことしか
オレにはわかんねえさ!
でもな!
こんなオレにも
街のどこかで
待っててくれる奴がいる!
オレが進む先にきっと
そいつと闘う
場所がある!!
必ず!!"
ー遊闘157より

劇場版の展開と一致してるのよ…。



《遊戯の場合》

これは言わずもがな、遊戯が千年パズルを完成させて首にかけているということが依り代になってるのでは。
やっぱり王の魂を身体に呼べるのは遊戯だけだと思うから。

そして、社長と恐らくは城之内くんも、アテムの存在を信じて(「認識して」)いた。
ここでプラナの集合意識論が意味を持つと思うんです。
人間は、互いに繋がっていなければ存在できない。
社長と城之内くんがそう「認識した」ことが、アテムの降臨という結果の収束に繋がっているのではと。


更にもう一つ…これはかなりこじ付けかもしれないんですけど。
「遊戯が頭に付けているデュエルリンクスの装置が吹っ飛んだ」ことが最後の引き金だったりして。
直前のラスボス藍神の攻撃で、遊戯の頭から装置が吹っ飛んでるんですよ。

海馬の例でも分かるように、デュエルリンクスには人間の自我を増幅させる(「認識力」を高める)効果があります。

遊戯はずっと、アテムが助けに来ることなんて信じてなかったと私は思っています。
それほど覚悟を持ってアテムを冥界に送ったんだから。
社長との戦いでも再び「死者蘇生」のカードを否定することで、変わらぬ覚悟を見せてくれていたんだから。

デュエルリンクスの装置は、遊戯の「アテムは復活しない」という認識を高めていた。
それがアテム降臨を邪魔していたとしたら。

装置が飛んで、遊戯の意識も朦朧としている状態。
まっさらな状態。

別のシーンでラスボス藍神は「純粋だ…真っ白で互いの意識も繋がって…」というセリフを言っています。
プラナのような純粋な意識は、繋がりを持ちやすい。
(城之内くんの時も、アテムが現れたのは意識が消えかけた時でした)


ここまでの条件が揃った奇跡的な状況で、ようやくようやくアテムが来られたのかなと思います。



【4.遊戯とアテムは何を話したか】


観た人の解釈に委ねるところだとは思います。
まあ何を話しててもいいと思うんですが。

最後にアテムは「千年パズルは自分が持っていく」と言ったんだろうなと。
それで遊戯は少し困った顔をして頷く。
アテムは一瞬ためらってから、手をパズルにかけて、次の瞬間消えてしまうと。

またお別れを経験することになるとはなあ…
しかも今度こそ千年パズルは無くなってしまった…。
(最後のシーンでアテムが首から下げているのがそれだと思ってます)


でも、このシーンで遊戯が晴れ晴れとした顔をしていて良かったです。
もっとアテムの復活に驚くかとも思いましたけど、たぶんアテムが自分の体に乗り移っていた時に意識があって(2人の体が重なってたし)、いろいろ理解したのかも。

いやー本当にちょっとやそっとじゃ動揺しなくなったね遊戯。



【5.海馬は帰ってこられるのか】


最後のあれです。
いやーこれこそ観た人の解釈次第なのかな。和希先生は答え用意してるんだろうか^^;
だから考察というより感想になりますが。

とりあえず、社長は冥界に行くことを成功させていました。
今度は「デュエルディメンションシステム」ですって…この人ほんと闇のゲーム経験するたびに新しいシステム開発するな!

ジャンプの読み切りでも、デュエルリンクスを使って次元移動しようとしてましたね。
その時は脳に危険な影響があるとかで、中断されてました。

今度は藍神くんのキューブがあるから、きっとそれを徹底的に解明して、安全に次元移動できるシステムを作ったと思いたい。
簡単には無理かもしれないけど、帰ってこられることを信じてます。


でもこれでもし、冥界に自由に行けることになったらどうなるんだろう?
新たなデュエルの幕開けどころか、革命的ってレベルじゃない発明ですけど。
できない、とは言い切れない…社長なら…。



【6.シャーディーとは一体何だったのか】


映画では、「次元を旅する者」と名乗っていました。
千年アイテムを揃えて王の魂を冥界に送り、プラナ達を高次の世界に導こうとしていたことまでは分かるんですが…果たしてシャーディーの望んだ世界は、藍神くん達がやっていた乱暴なやり方の先にあるものだったのかなあ。

それに、死んでしまった後も遊戯達の前に現れてるし。(原作)
そんなことができるなら藍神くん達の前にも現れてあげればいいのに。

まあでも普通に考えれば、「藍神くん達を導いたシャーディー」と「遊戯達の前に現れたシャーディー」は別の存在だというのが自然でしょうか。

本体である「シャーディー・シン」はバクラによって殺されてしまったけれど、千年アイテムを守り揃えるという使命感だけで魂の一部が復活したとか。
言わば「魂を分けたもう一人のシャーディー」みたいな…。
全ては千年アイテムを揃える使命のために。
もしかしたら、シャーディーっていっぱいいるのかもしれないし。

シャーディーの謎は結局難しい問題ですね。
もう何度か原作を読み返したら、また新しい考えが生まれるかもしれないんですけど。



【7.この映画のテーマ】


ズバリ、「魂の解放」だと思ってます。
劇中で社長が演説していましたね。

「この次世代デュエルディスクによって魂は解放される!
我らは牢獄から抜け出し、世界のネットワークで共存する時代を迎えた!
国境、人種、思想、言語!
あらゆる異なるものを超え、新たな未来へ突き進むのだ!」

ここの演説、サイコーに好きです。

『魂の牢獄』という言葉は遊戯王を読んでいれば心当たりのある言葉ですよね。
人の魂というものは原作で、さんざん物に閉じ込められたりしていました。
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(遊闘108より)

そして古代編でも、人間の体とは魂を入れる器であると言われていました。

その考えが、海馬の演説によって吹き飛ばされた。
魂は解放されて、私たちは世界のネットワークで共存するんですって。
なんてスッとする発言なんでしょう。
私たちが今生きている現代と映画の内容がリンクしていて、これが2016年に公開されることに深い意味を感じました。
これは和希先生の現代観でもあるんだと思えて、それを知ることができてすごく嬉しかったです。


同時に、この映画では何人か「囚われていた人達」が解放されています。

藍神くんやプラナはシャーディーの教えに囚われていたけど、王(アテム)が一瞬復活したために力を失って高次の世界に行けなくなったことで、使命に縛られない自分だけの未来を手に入れた。
(あんなに千年アイテムグッズを身につけてシン様リスペクトをアピールしていた藍神くんが、ラストでは装飾を外してることに感動した)

海馬はアテムの亡霊に囚われていたけど、デュエルディメンションシステムによってついにアテムに会えた。
(魂は肉体を抜け出して、冥界へと解放された)

遊戯はアテムがいなくなった悲しみがまだ心のどこかにあったけど、アテムとちゃんと友情で繋がっていると知ることができた。

そしてアテムは、ほんの一時ではあるけど、冥界から魂が解放されて現世に来られた。
もしかしたらこれからもっと自由に冥界と現世を行き来できる未来もありえる…かもしれない。
この世にはいろんな可能性がある。
(ラストシーンはそういう解釈もできると思いました)


なんていい話なんだ!!!
最高です。

以上、映画を観て自分が疑問に思ったところに自分なりに出した答えです。



続きます。次は感想編。