【複雑性PTSDになる前に】

 

 自死遺族の大半は、PTSDに該当すると思っている。特に、(経験上)二年未満の時期は、ほんのささいな刺激によって、感情の統制が困難になる場合があるので、接する側も気をつけざるを得ない。

 

 数年経っても悲嘆が和らがない、複雑性PTSDと思える遺族の方もおられる。(東京のTさん、ご無事ですか?)

 単なるPTSDとどう異なるのか。

 簡単に言えば、「逃げられない状況」と、「辛さの反復継続性」にある。

 

 これは非常にデリケートで困難な問題をはらんでいる。

 「子と過ごした事実を一日も忘れない」と努めること自体が、かなしみによって自らを拘束し、複雑性PTSDを自ら招くことになるかもしれないからである。

 

 わたしの考える暫定的な対処法としては、必然的にかなしみとセットにはなるのだけれど、子と共に作った楽しい思い出を、大切に温め直すことを習慣づけるようにしたい。


 思い出の場所、そこに近づけない人も多い。そこには確かに、わが子と一緒に過ごした笑顔の時間があった。


 「でも、どうして・・・」と、思いは続いてしまうが、その瞬間に敢えて回想を停止する。

「あの頃は楽しかった。」で意識を区切ってしまう。

 

 反復継続して思い出すことは、思い出の風化を防ぐ一方、傷口をさわってしまうことにもなる。

 選択的に、意識的に、あの子の生き生きしていた、あるいは懸命に生きようとエネルギーを振り絞っていた瞬間を再生し、自分と同化させる。

 そんなやり方を、自分で試しているところ。


 

【情報の選択的削減】

 

 マスコミのニュースも(新聞は比較的マシだが、テレビはひどすぎる)、ネットにあふれる情報も、そのほとんどは遺族にとってどうでもいいことだらけである。

 取り込む情報が多いほど、自分の中で相対的に、わが子の思い出が薄まっていってしまう。

(かなしみに溺れそうなときは、やむを得ず無難で無関係な音楽やらテレビやら流しっぱなしにしてやり過ごす対症療法はあり得る。)


 だから、SNDと勝手にわたしが名付けた、情報断捨離を一週間していた。

 

 SはSocial、NはNetwork、DはDistanceまたはDetox。DisorderにならないためのSNS断ちである。


 調べ物以外はネットに一切つながない。メールもLINEも緊急以外は見ない。(まぁ、実際はメールやLINEは見てしまうが。)

 

 Mixiがはやっていた十数年前、知人が電車に乗った瞬間にケータイを見始める人たちを揶揄して「位牌を拝んでいるみたい。」と言った。慧眼だと思っている。

 

 つい習慣になっていた、気づけばスマホでSNSをチェックすることを一切止めてみた。情報から距離を置くと、取り残されそうな不安に駆られるかな?と思ったが、全然平気だった。人によって差違はあろう。

 世捨て人度が上がっている気がする。

 


 熟す前に落ちてしまったカリン。

 玄関先でお日様に当ててみる。少しでも黄色く香り高くなりますように。

 今年は和風クラフトジンを漬けてみる予定。山椒も庭に自生してるし。小さな青いミカンも成っている。