自分の内側をきちんと見るのは難しい。

 今、本当にしんどいのか、自分を甘やかしているだけなのか、今現在も分からない。

 

 そういう時、今の自分を一度外に出してみる。

 簡単なのは俳句だが、実は俳句はウソをつくことができる。人にも、自分にも。

 書の方が、明らかにごまかしが効かない。推敲などできない一回きりの芸だからだ。同じ字は二度と書けない。

 

 前に書いた短冊を見る。

 下手くそだなと思って、書き直す。

 前より上手く書けたら、大丈夫。

 今日はそんな日だった。

 

 学生時代に書いた漢詩の臨書。(左側)

 よくこんな字で掛軸にしたなと、びっくりする。固くて、荒い。

 37年ぶりに手本無しで書き直してみる。

 青墨は数十年寝かせたものが、枯れた味が出て良いとされる。37年前の墨が残っていたので、それを擦る。


 線質が軽いし、弱い。字が左右で揃い過ぎる。分かっているが修正が難しい。起筆の蔵峰も転節の丁寧さも、収筆で筆先を整えることも、全てが不十分。とても玄人レベルには至らないが、これが今の実力。

 
岑參(しんじん)  三會寺の倉頡(そうけつ)造字臺に題す より
 野寺荒臺の晩 寒天に古木悲しむ
 空階鳥跡有り 猶似たり造書の時

 

 欠点だらけだが、全体の流れやまとまりはきれいにできている。勢いはないが、流麗で品はあるだろう。中心線は、動きを出すためにわざと揺らせたりしているが、改めて見ると、やはり頼りなく不安定である。


 昔から、自分にツッコむ習性があるが、これが今の自分なのだという事実は受け入れられる。

 

 米芾(べいふつ)の特徴を学ぼうと、華という字を拾って書き分けてみる。全てが米芾の書体の臨書である。

 右上がりが強く、縦線が時に左に傾くなど、常識では考えられない技法を駆使している。

 筆勢のコントロールは驚異的で、「うそやろ、無理じゃん」と愕然とするようなレベルである。

 米芾と王澤は、今年になって初めて練習したが、天才の字を真似るのは、当然ながら一筋縄でいかない。

 米芾自身、若い頃から希代の天才と言われつつ、書簡の中で「数枚書いて、ようやく一字か二字、納得いくものが書ける」と、弱気に嘆いている。王澤は、晩年まで、二日に一日は、ひたすら古典の臨書を続けたという。一流の人ほど、身の丈を知り、努力を惜しまない。

 

 わたしは米芾と王澤(いずれも昔は、彼らの人柄が嫌いで、一切臨書しなかった。ようやく今年になって、書きたい気持ちになった。)の条幅を数枚仕上げたが、表装してもいいかなというレベルには至らず、現在放置中。

 

 明日は、もう少し丁寧に、上手に書きたいな。

 そんな思いを、ささやかながらも「生きる力」と呼びたい。