居なくなった人と、心の中で対話することは、自死遺族なら誰でもしていることだろう。
難しいのは、自身の相談事など、都合の良い結論を後押ししてもらうために空想を巡らすことが、ないとはいえない点である。どれだけ雑念を排除して、その人を思い浮かべることができるか、試されている面もある。
以前にどこかで書いた気もするが、高校時代の友人Hのことを書きたい。
Hとわたしは二人とも、謙遜抜きの落ちこぼれで追試の常連だった。
剣道部の主将で女子にもモテるHのことが、わたしには羨ましく思えた。
Hも、わたしがサイクリング同好会を立ち上げて、六甲山とか、四国野宿旅とか、好きなように走っていた様子を、一定程度認めてくれていたと思う。
高校の名物行事として、厳寒期に50㎞歩く夜行登山というものがあった。
Hは、その実行委員で、事前に下見に行く際に、歩くのはしんどいという理由で、自転車を一台貸してくれとわたしに頼みに来た。
わたしも、体力と暇が余っていたので(勉強をしなかったから)、もう一台の自転車に乗って付いていった。
大阪府にある妙見山、標高660mで、ケーブルやリフトで上るとラクである。ヒルクライムの定番コースでもあり、わたしも何度か自転車で上った。
Hと一緒に上ったコースは覚えていないが、途中で舗装が切れ、道にも迷い、藪の中を、自転車を押したり担いだり大変だったが、過ぎた思い出は、楽しかった記憶しかない。
無事に降りてきて、わたしの家でインスタントラーメンを作って二人で食べた。
Hは口も悪く、見かけは少し不良ぶっていて、学校ではふざけてばかりで、家庭の話などしたことがなかったが、親がおらず妹と二人暮らしだと、その時初めて聞いた。
追試の帰りには「俺たちみたいなアホでも、笑って生きていける世の中を作りたいな。」という話を、冗談のように、心中は本気で語ったものである。
二人とも大学に行けなかったら、一緒にアルゼンチンの牧場で働こう。そうしたら毎日牛肉食べ放題で、ワインも飲み放題だな、などとアホな夢を語り合った。
英語の追試の帰りなのに、スペイン語をどうするのだと考えもしないあたりが、アホである(笑)。
大学は別々になり、会うこともなくなったが、Hはラグビー部で活躍し、教員を目指しているのは知っていた。
Hが大学4年の夏に自死したことを聞いたのは、高校の同級生からである。
最後の試合で首を骨折し、教員採用試験を受けられなかったのが理由じゃないかという話だった。
「本当の理由」なんて、誰にも分からない。
ただ、さぞかしHは悔しかったのだろうと思った。訃報を聞いた帰り、電車の中で涙が止まらなかった。
わたしは教員が第一志望ではなかったが、Hが人生に負けたなんてことは絶対に認めたくなかった。
「オレが代わりに合格してやるから、それで成仏しろ。」という思いで勉強し、運よく合格した。大阪府の高校教員採用試験、科目は「倫理」である。競争率は忘れたが、マイナーな教科でもあり、同じ科目での合格者は僅か13人だった。
わたしは教員にはならず、心理関係の仕事に就き、落ちこぼれの子どもや、人生を踏み外した大人たちに寄り添ってきた。
当然ながら、仕事はラクではない。受験勉強もそうだが、仕事で行き詰まった時、わたしは見えない(いつまでも若い姿の)Hに何度も相談し、その都度助言をもらった。Hの存在(この世界から居なくなっても、その存在)が、ずっとわたしを支えてくれたのである。
仕事を早期退職しようかと迷った時に、見えない息子にも問いかけた。
「おとんの好きなようにしたら?」
ああ、息子はそんな風にしか言わないよな・・・。
Hにも聞いてみた。
「お前がほんまに、やり尽くしたと納得できるんやったら、辞めたらええやん。」
そうやな、そうするわ。
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息子と違って、いつもいつもHのことを想っているわけではない。
今回、こんな記事を書いているのは、先日わたしの不注意と実力不足でケガをして、久々にHに相談してみたからである。
9月上旬に予定していた、個人的な冒険について、本日、整形外科の医師は言った。
「痛みは今より減っているでしょうが、トレーニングできない状態で、そんな行為をしたら、完走はできないか、仮にできても症状は悪化するでしょう。医師としては、勧められないですね。」
頭の片隅にあったDNS(Do Not Start 棄権)、認めたくはなかった。Hなら何と言うだろうか?
「そんなん、止めとけや。その年で無理して走るとか、アホちゃうか?
また来年チャレンジしようと思ったら、それまでの間、生きていく目標になるやんけ。
完治してから練習積んで、今より強く速くなった自分に逢えるチャンスと思えや。」
今でもHは、わたしの心の中で、ズケズケと助言してくれるので、泣きそうになる。お前は歳取らへんから、ええよな・・・
Hが見えなくなって、三十七度目の秋がくる。
蝉逃げし空に憚る大チャペル