自虐ネタというものがある。元ホストの人とかお経唱える人とかが有名だが、売れてない芸人の中にもそういう似たようなのは多数存在する。

 

 …ところで、あれ、おもろいか?笑い声、渇いてないか?

 きっとたぶんホントはめちゃめちゃええ人なんやろね、自虐ネタに走る人ってのは。他人を傷つけたくないから自虐に走らざるを得ない。まぁそれも笑いの一つのパターンとしてありでしょう。

 

 ただ、俺は違う。俺は、渇いた笑いなんていらんのだ。俺が欲しいのは、粘着質の笑い、地縛霊のような笑い。家帰って、メシ食って、フロ入って、歯磨いて、さぁ寝よかと布団入って目を閉じた瞬間、思い出して、まだ笑えるようなやつ。

 そりゃ必然的に自虐なんてやってられませんよ。毒々しく悪意に満ちた偏見だらけのネタ書いてまいますよ。だから中には俺のネタ観て嫌悪感抱く人もおるでしょう。それも覚悟のうえでやっとるんですよ。

 「差別感情というのは、喜怒哀楽と同じように人間が本能的に持っている感情の一つである」と、ゴー宣の『差別論』で読んだことがある。そりゃその通りだ。本能に訴えかける笑いというのは、上記の、俺の目指す笑いに近いものがある。

 芸人じゃなくても常に自虐ネタで場を和まそうとする輩がいるが、そういう輩は往々にして本当にけなされると怒り出す傾向がある。ま、そんなもんや。所詮ネタで、『自虐』やっとんのやから。

 

はっきり言って俺は自虐野郎だ。徹底した(人生の)自虐史観の持ち主である。けど俺は決してネタでそれをやらない。ネタの中ではむしろ勘違い野郎である。

 俺は、自分が観たいと思うものしかネタにしない。自虐野郎よりは勘違い野郎の方が100倍おもしろいし、それを観てみたいと思う。

 例えて言うなら、動物園で、鳥よりはトラやライオンを観てみたいようなもんですよ。自虐野郎の鳥ではなく、勘違い野郎のトラやライオンをね。