こんにちは、レゾナンスリーディング、
渡邊康弘です。

とある方から、
神社に関する投稿が多すぎて
渡邊はスピリチュアルすぎると
ご指摘を受けました。

いやはや、神社好き=スピリチュアル
とは結びつかないのですが
一般的にはまだまだですよね。

私は神社好きです。

私が神社が好きなのは
そこが先人たちが愛した場所だからです。

なんかいいな!気持ちがいい!
ここに目印を作ろうと
作られた神社も多いのです。



歴史を学んできて何を思うかというと
神社は、学びの場であり
交流の場であり
文化の場であったことです。

そうした状況が変わったのは
戦後のGHQの公民館政策。

それがあってから変わってしまったんですね。
そこから神社と関わる人はいけない人
そういうイメージがついてしまったように
感じます。


私は神道かというとそうでもないですし
大学時代に相当キリスト教を学んだけれど、
一歩手前でキリスト教には属さなかった。

密教を学び、禅をかじったものの
家が臨済宗の宗派であるぐらいなものです。

しいていうならアニミズム。
自然信仰ですね。




ただ、神社が好きなのは先人たちが
残してくれたもの。
そして、それを引き継ぐ人たちがいること。
に感謝したいからです。

神社は、

今と昔、そして未来をつなぐ場だからです。

神社に来て、何かを願うかというと
ただただ、神恩感謝するだけです。

商売繁盛でも、心願成就でもなく
ただ神恩感謝あるものです。

成功する人はなぜ神社にいくのではなく
成功した人はなぜ神社にいくのか?

それは願いがかなったでもなく
ただただ、いま生きること
事業がうまくいっていることに
感謝なんです。

この感謝は信仰とみなされるのか?
信仰=スピリチュアルならば

世界中でスピリチュアルでない国は
日本だけになりますよね。

でも世界から見た日本は
意味不明なスピリチュアル国家です。

七五三もやれば節分もある。
ハロウィンやクリスマス、
バレンタインもある不思議な国です。

舩井幸雄さんが天に召される前に
これからの時代は

「いまさらスピリチュアルやおいしいものに夢中になるという時ではありません。

と新年のメッセージで言われたそうですが
スピリチュアルであるとかないとかって
もうどうでもよくて誰もが持っているし
誰もが感じている当たり前のものです。

だから
何かを感じるから特別なのでもなく
何かが見えるから特別なのでもなく
何かが聞こえるから特別でもなく

みんな持っている。

ただ生きていくのそれが必要なのか?
不必要かそれだけ。


神恩感謝。

今と過去と未来をつなぐこの場に感謝感謝!