9・8「関東大震災90年 多民族共生を考えるシンポ」に参加 | 解放

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日本的革新運動

 
 先日、保守系市民団体・クリーンかわさき連絡会の高橋賢一氏とともに「関東大震災90年 多民族共生を考えるシンポ」(川崎市教育委員会・市民団体「川崎マウル」主催)に参加した。
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 この集会は、実質「川崎市立教育文化会館」といふ市の出先機関=公的機関が催したもので、関東大震災時に「日本人が朝鮮人が暴動を計画してゐるといふ事実無根のデマを流し、それにより朝鮮人を虐殺した」とする話を取り上げて、朝鮮式の慰霊祭とシンポジウムを行ったのだが、それは完全に朝鮮人の側に立った「極めて偏向した内容」である。

 終了後、高橋氏の抗議によって主催者側や参加者との間に一悶着起きたのだけれども、筆者は主催者側に対して「右も左も関係ない。自分はリアリストだ」と述べ、左翼(9条連)や朝鮮人五,六名と落ち着いた議論を十分前後の時間交はした。

「何も感情的になって、まくし立てる必要はない」し「あくまでも真実を追求する」といふのが筆者の流儀であり、そこが在特会やその関連団体の人たちと異なってゐる点である。

 筆者は「一遍あなたたちときちんとした形で議論をしてみたい」と提案した。そして「私は根拠に基づいて発言してゐるので、絶対負けない」とも言っておいた。実現は無理と思はれるが、次に同じ人物に会ったら、再び申し出る積もりである。

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「フィクション」に低頭瞑目する愚を識れ。


関東大震災時「事実無根のデマ」は有りや無しや

 まだ国会図書館等で確認してゐないため断言はできないが、筆者は「誇張されてゐる面はあるものゝ、その可能性は否定できない」といふ結論に達した。

 主催者側が配布した資料に1923年10.01 国民新聞「投毒流言無根 井戸検査の結果」
同10.17 読売 「○○を虐殺して横浜自警団員捕らはる」等と記されてゐるからだ。

しかし、ここで二つの疑問点が湧き上がる。

 一つは「新聞記事のコピーではなく、単に文章として引用されてゐるだけである」といふこと。

 そしてもう一つは、戦後において「左翼用語」のやうにして頻繁に使用されてゐる「虐殺」なる語を、果たして当時の新聞が用いたであらうか、といふ点である。

 いづれにせよ、もしもその文章がそれらの新聞に掲載されてゐない事が判明した場合、筆者は鬼の首を取ったやうに大騒ぎをするであらう。

 左翼の宣伝物には、殊の外「何かの資料からの引用」「使い回し」が多く、記載する者にして原文を確認した事がないといふことが珍しくない、と聞く。

 かくして筆者はリアリストであるため、主催者側に「これについては、国会図書館等で調査し、検証する必要はある。」と述べた。

 但し、初めに朝鮮人が暴れたといふ記事も無数にある。

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左翼は、唯物的科学観に基づくなどと云うならば、不都合な真実からも目を背けるな。

 筆者は、その記事に関することに言及して「あなたたちはそれについては何も触れてゐないが、それはおかしい。二つの側面を両方とも検証して、初めて事実がわかるはずだ」と、そのやうにも述べておいた。

 当時、日本人と朝鮮人の間に、現在と比較にならないほどの対立があったのは事実であらう。さうした中で、日本人が朝鮮人によって殺害されるといふ事件も発生した。

 筆者は、所謂保守派の観点からすれば不都合となるような事でも、それが真実であるならば粛然と受け止めるのだが、科学理論に基づくはずの左翼人士の多くには、そのやうな姿勢がみられないばかりか、恰もカルト宗教のごとく凝り固まった、根拠に乏しい紋切り型の反日的宣伝を繰り返しながら、それを崇め奉ってゐる、と断ずるものである。

 さて、主催者の多民族共生のまちづくり企画運営委員会「かわさきマウル」なる市民団体を実質的に運営してゐるのは、憲法9条-世界へ未来へ 連絡会(9条連)であるが、9条連と云えば革マル派の関連団体である。

 革マルの諸君、我がブログの名も「解放」である。
かつては「理論の革マル」と一目置かれてゐた事を誇りと感じるならば、左翼運動全体に蔓延する「カルト体質」から脱すべし。


 願はくば日本に回帰し、日本伝統精神に基づきながら、吾が国と世界の浄化革新にあたらむ事を。 

※ 画像は主催者側の求めに応じ、参加者の顔に処理を施した。