徐々に食事に対しての不安が和らぎ、大きな発作も少なくなってきた頃に

次の課題は「広場恐怖」の克服ですよね

 

シンプルに「外出中にパニック発作を起こしたらどうしよう」と思い

外出するのが怖くなり、外出するの難しくなる

 

そして、引きこもりガチになってしまうことが問題なんですよね。

 

と自分でも把握できていたので

 

ガリガリになった自分の体を元の「野球」ができる状態へ戻すのに

 

まず、

食事を克服する

トレーニングをする

トレーニングをするにはジムへ行く

ジムへ行くには歩いていけるようにるなる

心拍数の向上とパニック発作の克服

 

と段階を踏んで克服していく。

(「段階を踏んでみる」はその後の克服していくのにも大切になる経験でした)

 

当時、まだうまく食事を摂取できなかったこともあり

 

めまいや動機がありましたが

 

少しづつ距離を伸ばしていき、発作を起こしそうになれば「コンスタン」頓服を飲み

落ち着けばまた歩くを繰り返す

 

今思えば、≪超古典的な克服方法≫ではありましたが

 

なんだかんだ言ってもこの≪認知行動療法≫が必ず必要になってきますし、

そうする以外克服していく方法はないんだなと、

当時の僕はただ行動していくことだけを考え克服していきました。

 

もちろん、スムーズに克服できた訳ではありません

 

道中、大きな発作を起こしてテンパることもありましたし

外出するのが不安で億劫になり、なんもできない日もあったり

 

当時は「また野球ができるようになる」事が目的としてハッキリしていた分

克服へ向けて行動できていたんだと思います。

 

交通機関(電車、バス)の克服に関しても

≪自分で病院へ行けるようになること≫が、高校生活へ戻るのに必要になってくる事だと思っていましたので

 

まず

各停を乗れるように

準急行

急行

 

と段階的に乗っていこうとまずは各停からと。この、電車の克服はなかなかつらかったかなと思います。

 

久しぶりの電車はやけに大きく怖く、何やら得体のしれないものに乗るかのような緊張感があった事を記憶しています。

 

とりあえず、一駅、二駅かな?次の病院へ行くまでに電車も克服していこうと

 

勇気を振り絞って電車に乗り、座り、電車の扉が閉じる音、アナウンス。。。

来ましたね発作

 

あれはなんなんでしょうね。

あの密封間、閉塞間、身動き取れない間、テンパり具合、必死のパッチの1駅

でも、なんだか妙に達成感があり

 

その後大きな駅まで各停で往復できたんですね

電車に乗れるイメージが全く湧かなかったので、1駅でしたが発作を起こしながらも乗れたことに

なんだか達成感があり、その後、落ち着かしてから大きな駅まで各停でと(少しドМでしょうか?)

 

各停でも電車に乗れる、てことは、病院や高校まではいけるんじゃないか?と

うまくいけば、次の病院までには各停であったとしてもいけるんじゃないか?と

 

内心はなんも気にせず電車に乗りたいのにな、とも思っていました。

 

 

しかし、僕の おかん(母親)がかなりのスポーツマンでノリが。な人でして。

そのことを報告したらば 「あんた!出たとこ勝負やで!」 と「あたしも乗ったるから次は急行でいこや!」

いやいやむりやで。今日乗れて次は速攻急行かいな。。。

 

でも、17歳当時の僕は素直が取り柄以外の何物でもなかったので

「出たとこ勝負。。。してみよか。」と

 

で、してみたんですね

 

手に汗握りながら、バクバクと発作もありながら、クラっとしながら、急行で往復

 

しんどかったけど、往復できたことに。達成感がありました。(ドМかなと?)

 

こんな感じの無理はしなくてもいいですが(若さの勢いのノリ、そしていい意味で無知があったのもありますので)

1回行動してみる。少しでもしてみる。スムーズに克服できたらラッキー精神も大切です。が

 

一人で克服していくのは、なかなかつらい事とと思います。

サポートとカウンセリングと施術

 

克服の形は人それぞれ、あなたが安心できる形が大切

まずは基盤を作る

「あなたはどうしたいですかか?」

一つずつ克服へ

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