3回も婦人科の手術をしました。
1度目の傷、2度目の傷、3度目の傷とお腹には3つの傷があります。
次女が10ヶ月より仕事をしてます。育児の手助けをしてくれる人は誰もいなく、保育園の送り迎え、食事作りと全部ひとりで乗り越えてきました。
子供二人を持ちながら仕事することは、並大抵のことではなく
全部私の体に疲れとして残っていきました。
31歳の時、卵巣が腫れてしまい卵巣が捩れけい捻転をおこし、お産の陣痛の2倍ほどの痛みで、痛みが襲ってくるとあまりの激痛に「キャー」と叫んでしまったほどです。
元来ゆみりんは、痛みに非常に強い強靭な精神力だったかもしれないです。
その私が叫ぶほどの痛みですから、想像を絶する痛みです。たぶん、男性だったら気絶してるでしょう。
病室内で何度も叫んでしまったので、分娩室に連れていかれました。この当時は喘息をもっていたので大学病院の産婦人科に通院してました。
痛み止めを打っても、痛みは止まることなく分娩室でもうろうとしてきたのを覚えてます。
ドクターにオペするとの内容を説明され納得して、眠りにつきました。眠りについたというより痛みのため気絶していたのかもしれないです。
大学病院では、緊急オペがたくさんあるため、私のような状態の緊急度は低く
痛みの続く中、5時間ほど待たされた気がします。
はじめての手術で、緊張したことは未だに覚えています。
麻酔をかけられ、目を覚ましたときは病室でした。
しかし、それからの痛みが地獄でした
開腹してみると、出血を起こし、膿んでいたそうです。卵巣は核出でしたので残ってました。
出血を止めるために、私の傷口の上には2キロの砂袋が乗ってました。
咳をしただけでも、傷口は傷むのに・・・
砂袋2キロは、生身を切り裂かれるほど痛かったです。
ゆみりん:「先生・・・この砂袋とってください」とドクターに向かっていいました。
ドクター:「交通事故で腸が飛び出たらもっと痛いんだよ」
わけのわからない会話がされてました。