おはようございます!

 

 

今週も始まりましたね!

はりきっていきましょー。

 

先日から、

ライフオーガナイザーとして

活y動し始めるまでのMy Story

を書いています。

 

My Story①はこちら

 

お前は誰だ?

と思われた方、

(思われなかった方も)

〜私と家族〜

是非お読みください!

 

稼働率100%のキッチンを実践中!
「世界で一番好きな場所は家!」
と言えるママを増やしたい
15歳、12歳、4歳、3人の子育て真っ只中
片付けを通してライフスタイルを整える

 

私の家族

 

私の育った家族は、

父、母、姉、

そして次女の私の4人家族

 

私が子供の頃の父は、

母の家業を継いで働き者。

仲間も多くて趣味はゴルフにダイビング。

エネルギッシュな人

 

母もまた、

毎日事務をこなす働き者、

歌に社交ダンスにこれまた多趣味。

料理が上手で、

働いているから〇〇してもらえなかった、

という記憶は私には一つもない。

 

姉は、

明るく友達に囲まれていていつも賑やか

ユーモアもすごい

姉の真似をしていたら大丈夫、

って思っていた。

中高短大、部活もバイトも

全部姉の真似をした。

 

父母が私たちに与えてくれるものを信じて

その通りにしていたら、

私の人生は安泰だ、

そう信じて、

何不自由なく育ちました。

 

衝撃の父の言葉

 

そんな私の甘ちゃんの価値観が

ついに揺らいだのは

10代も終わる頃。

 

なんとなく気がついていたけれど、

聞きたくなかった一言

耳にすることになりました。

 

それは姉の結婚式の日。

 

盛大な式を終えた後、

父が私に言いました。

 

「こういう結婚式はお前にはやってあげないからな」

 

私は式の当日にそんなこと言われるなんてびっくり、

だけど、ついに聞いちゃったか、という感じ。

 

私の頭の中は、

 

「やっぱり姉は大切で、

私はそうじゃないよねー、

やっぱりねー。」

 

でした。

 

我が家にあった家長制

 

というのも、我が家は、「家長制」だったんです。

商売を受け継いでいるからなんですけどね。

 

私たちは2人姉妹、生まれた頃から、

「おねえちゃんは特別」

「おねえちゃんは違う」

そんな言葉をちょこちょこ耳にして、

その度に、なんで?と思っていたんですよね。

 

私には選べない、

「次女だから」

というのを言われても、

どうにもできない。

 

おまけに父は長男、母は長女、

なんとなく、

「わかってもらえない感」を抱き

じわじわと、

 

「私はおねえちゃんより大事じゃない」

 

なんて気持ちを積み重ねていました。

 

だからなんでも姉の真似をして、

一緒だたと思いたかったのかな?

 

今だからわかること

 

今、色々学んでわかることは、

 

私は私側から、受けた言葉だけしか見ないで、

勝手に落ち込んでいた。

 

どうにもならないことを言われても、

気持ちで受け止める必要はなかった。

 

でも、事実は事実、

「その先に何をすればいいのか、

何をしてもらっているのか」

そこにいかなきゃいけないのに、

すっかり甘やかされていたので、

視点を変えられなかった。

 

姉には相当なプレッシャーがあったはず。


そんなことにも目を向けず、

長い年月をかけて少しづつ

ネガティブ感情を掘り進めて

いました。

 

自己肯定感、

奥底では低かった

と思います。

 

ようやく自分の道を歩み出す

 

とはいえ私は、

何不自由なく育ててもらっていましたから、

当時は父が紹介してくれた仕事をしていました。

 

なんなら父が、

白馬に乗ったプリンスまで

結局は連れてきてくれるんじゃないかと

本気で信じていましたびっくり

 

でもこの一件で、

 

「家をでなきゃ」

「私違う場所で生きていかなきゃ」

 

と焦り始めたんです。

 

それまでなんでも、

両親が汗水垂らして作ってくれた、

ふわふわの道にしがみついていた私は、


一生を懸けてできる仕事を身につけたい、

と模索します。

 

女性が一生できる仕事に就きたい!

 

そして辿り着いたのが、

インテリアコーディネーターです。

 まだライフオーガナイザー じゃない。

でもここ原点!


●自分の好きなこと、

●興味のあること、

●一生できそうなこと。

 

結婚して家事をしたり、子育てしたり、

それもキャリアになりそうだし、

何歳まででも働けそう。

働き方を選べそう。

 

そんな理由からでした。

 

前回の〜私と生い立ち〜で書いた、

実家が家を建てた時の感動

があったからかもしれません。

 

そして、仕事をやめて、

貯めた貯金を全部使って学校へ行き、

 

2年間かけて

インテリアコーディネーターの資格を取りました。

 

父との別れ

 

時は少し戻って、

インテリアコーディネーターの

勉強を初めてすぐの

ゴールデンウィーク

 

父が旅先で突然亡くなりました。

 

父の言葉を消化しきれていなかった私は、

その後、親戚や沢山の父の友人から、

父のいろいろな話を聞きました。

 

何年もかけて考えて、

私が出した、

もう聞くことのできない

父のあの時の言葉の真意は

 

「いい結婚式を嫁いだ先でやってもらえよ」

「いいところにお嫁に行けよ」

 

ってところではないかってこと。


 そんなことにも気が付けなかったなんて、

バカだな私。

 

 お読みくださりありがとうございます。

〜私と仕事〜

〜私と結婚〜

へと続きます。

 

 

帰るたび新しくなる街、故郷 名古屋!これは今月GWに帰った時の一枚。

 

お読みいただきありがとうございました。

 

 

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