私の人生の目的は「聖なる人」になること。

 

「聖なる人」というと、汚れのない、ピュアな聖い人をイメージすると思いますが、最近、ある方の言葉から気づきを得ました。

 

それは「思いやりをもって行動することが、聖めを受けようと努める人の基本的な特質である」という言葉です。

 

思いやりをもって行動するのは、自分の意志で能動的に具体的に行動することであり、自分を他の人に捧げるということだと私は思います。

 

この捧げるというのは「犠牲」ということではありません。「犠牲」という言葉の語源には「聖なる」と「作る」という意味があるそうです。

 

この犠牲の語源を知ると、積極的に自分を誰かに捧げるという生き方が「聖なる人」と関係があることが分かります。

 

あなたは、今日、誰のために、何のために、あなたの何を捧げますか?

 

あなたの時間や才能を愛する人のために捧げるという生き方は素晴らしい幸せな生き方だと思います。

 

日常生活のなかで、人に接するときに、意識して、思いやりをもって行動する。

 

この繰り返しによって、私たちは聖められ、高められ、聖なる者、慈愛をもつ者になっていくのです。

 

「聖なる人」とは神の名なのです。