人工的な音声が巷に流れ始めたのは何時頃からでしょうか。

 

 人の、生身の肉声ではない機械的に合成された声によって何かを伝えられるということに今や慣れきった感があります。少なくとも私は。

 それでもです。

 どうにも引っかかって仕方がない時もあるのです。

 初期の頃の、例えば電車やバスの行き先や到着を知らせるアナウンスといった福祉として不可欠な音声は別にして、或いは「車ガ・バックシマス・ゴ注意クダサイ」とかの危険を知らせる警報音声なども別にして、平成から令和へと時代が進む中、「それって本当に必要?」と首をかしげたくなる疑似音声はあります。

 例えば先日もコンビニエンスストア大手の○ーソンでのこと。

 午前8時前、私は菓子パンとドリンクを手にしてレジへと歩みました。前を並ぶ他の客もなく、つまりはコロナによるディスタンスをとる必要もなく、即のレジ前カウンターでした。

 店員さんが私の商品のバーコードを読み込んでいる時、ふいに至近距離から電子音声が流れ出したのです。

 

 「有料ノ・レジ袋ハ・必要デショウカ?」

 

 私は若干うろたえた後、発せられた音声元に向かい「要りません」と答えたのです。

 声の出どころはレジスターでした。

 すると私の返事に反応してか、キャッシャーのパートのおばさんが、マスク越しに「ぷっ」と吹き出されたのです。

 

 私:「え? これってレジに答えるんじゃないんですか?」

 店員さん:「いえいえ。私に答えて頂ければいいんです」

 私:「でもだって、レジが尋ねてきたんですよ」

 店員さん:「すみません。私に答えて頂ければ……」

 

 私は決してイチャモンおじさんではありません。

 もしかしたらレジが私の声に対応して何らかのリアクションをするのかもしれないと、咄嗟に本気で思ったのでした。何故って、最近そういう機械が出回っているではありませんか。

 「アレクサ、灯りをつけて」。「アレクサ、テレビをつけて」……するとご主人様からの言いつけよろしく、スイッチオンとなってしまう、あの手の音声反応マシーンが。

 それとは別に、これは私の過去の職歴(ファストフード店長)から判断して、多分このレジスターもPOSレジに違いない。つまり店舗と本社とが回線でつながっていて、各店舗の販売状況を管理し、商品発注等の機能をも備えたものであろうと。

 そうすると、ひょっとしてレジからの質問音声の続きとして、本社から直接、個人客と対話する機械音声が発信され、私との受け答えも更に続いていくのではないかと。

 きょうび、レジといっても、あなどれないんですよ。

 まあ、菓子パンの購買で瞬時にそこまで具体的に細かく推察したわけではありませんが、生理的に私はレジの機能性を信頼しているようでして……だから、レジに向かって「要りません」と答えてしまったのでしょう。

 しかし、店員さんは「レジにではなく私に答えて頂ければ」と仰る。

 

 ちょっと別のパターンになりますが、これまた例えばコンビニでアルコール類を購入した時にレジの画面に未成年でない方はこちらのボタンを押して下さいと指示されることがあります。もう10年くらい前からでしょうか。あれもなんだか合点がいかないし機械に命令されているようで当初は嫌々画面にタッチしていましたが……重ねて言いますが私はイチャモンおじさんではないし、むしろ今ではすっかり抵抗感も失せてしまい、条件反射のように勝手に手が動くようになってしまいました。言い訳がましくなりますが、だって、この場合は機械が指示してきたことに対して機械に直接リアクションをすればよいのだから。

 

 或いはまた、コンビニのカウンターではありませんが、例えば各種ポイントカードの発行について電話で質問をする時など、必ず電子音声が流れて、「○○であればプッシュボタンの1を、そうでない場合は2を押してください」と指示を出してきます。これもその都度、こちらがピッピッと押していき、そのやりとりを終えた後で最後にはしっかりと「オペレータ―にお繋ぎいたします」と、生身の人へと導いてくれたりします。電話中、一体自分はどこへいざなわれるのだろうと不安はよぎりますが、機械音声に言われるがまま、ついていけばゴールへと導いてくれるのです。

 けれども今回の「有料ノ・レジ袋ハ・必要デショウカ?」はどう聞いたって"機械からの質問"なわけです。それなのに、その質問を機械に返すわけでもなく、キャッシャーを担当する生身の人間に返さなければならないって、これって一体なんなのでしょう? 百歩譲って、「コノ質問二関シテノ・オ答エハ・レジ打チノ方ヘオ願イシマス」くらい、道筋を誘導して欲しいんです。

 

 まあ、それ以前に、レジ袋の要・不要程度の問い掛けならば機械に担当させるのではなく、「人間がやりなさいよ」と言いたくなります。

 繰り返しますけど、人が尋ねるから人へ答えるわけで、機械が質問してきたことを何故に人に答えねばならないのでしょうか。

 

 ここからは私の推測になりますが……、

 今回のレジ袋有料化への周知が行き渡っていなかったがために、日本のどこかのコンビニの現場、レジでの接客中に一部のお客様と店員の間で話がこじれたことがキッカケだったのかと思うのです。いえ、ですからあくまで推測です。

 レジ袋に代金が発生することに激怒したお客様がおられた。そしてそのことにアルバイトの店員がうまく対応できなかった。

 しかし、だとしたら尚更に、機械に頼っていいものでしょうか。

 そりゃ、毎回毎回お客様にアルバイトさんが必ず声で有料化を告げるのは難しいかもしれません。目茶苦茶忙しいピークタイムなどでは特に。でも、それって企業教育の問題で、そこを徹底せずに機械が肩代わりするのは方向違いだと思うのです。もっと大きく言えば、何故プラスチックごみが世界中で問題になっているのかを、社員だけでなくパートさんやアルバイトさんに、ちゃんと伝え、問題意識を持たせ、自分の"声"で説明できるようにすることのほうが大切ではないでしょうか。それを本社が全く怠っているとは思いませんが、貫徹するのは難しいし高望みであるかもしれませんが、それにしたってレジに機械で伝えさせるということは教育の怠慢、手抜きに見えて仕方がないのです。

 接客とは決してマニュアルに縛られるものではなく、こうしたイレギュラーに対応することで、逆に顧客が増えていく可能性だってあります。人が接客をするとは、そういうことではないでしょうか。

 

 

 ちょっと話がずれますが、初音ミクがいかに美しく歌い上げようと、故美空ひばり嬢の歌唱がAIでそっくりに蘇ろうと(どこがそっくりやねんとドン引きしましたが……)、人間の声は人間が発してこその声ではありませんか。

 人間の声には力があり、機械の声には力がありません。接客を機械に中途半端に頼るのはいかがなものでしょうか。

 ね。もっと人間を鍛えましょう。

 話があらぬ方向へ飛んでしまいましたが、これも2020年の、機械と人間との付き合い方の過渡期ならではのバタバタなのかもしれません。

 100年後には、人間よりも機械音声のほうが、機微の伝わる細かな感情表現ができているかもしれませんので。

 100年後と言わず、コロナの影響やキャッシュレス決済の浸透もあって、日本中の店舗からレジの人がいなくなる日も近いのかもしれません。

 そうして、人が接客しないほうがスムーズで効率的になるのかもしれません。

 

 ただ令和の二年。

 人と機械が共存しているわけですから、

 グダグダと書きましたけれど、

 せめて、

 「これは機械に対して反応してください。これは人間に対して反応してください」とハッキリ境界がわかるような仕組みでお願いします。