仕事として年に数度、某大学構内に植えられた樹木の剪定に行く。
他大学と比べて、おそらくセキュリティのかなり厳しいキャンパス内。その一階エレベーター横に受付カウンターがあって、一人の女性が受付嬢として来訪者の案内を手際よくこなされている。とっくの昔に結婚をされており、既にお子さんも大きくなられているらしい。彼女は昨今で言うところの“アンチエイジング美魔女”で、経歴にまつわる情報はどこからともなく自然と耳に入ってくるのだ。年の頃だと三十代後半だろうか。所謂アラフォー。しかし私には、全くそうは見えない。学生といっても通るくらいだ。更に解説を付け加えると“美魔女”と言っても、よくあるスナックのチーママ系ではなく、どちらかと言うとお嬢様系に属している。例えるのが難しいが、大別すると多分日曜朝のTV『サンデーモーニング』でスポーツコーナーをアシストする唐橋ユミさんと同じ部類だと思われる。そう言えば、声質も発声も、唐橋さんと同じトーンだ。
さて、私は20代後半から今に至るまで血圧が高く、数年前より最寄の総合病院で定期的に診察を受けている。二ヶ月前のその日も、仕事を終えた足で診察終了間際のギリギリ、病院へ滑り込んだ。この日は待合に人が溢れ、「ああ、これは自分の順番までかなり時間がかかるなぁ」と覚悟を決めたわけだが、とその時、「あれ? あの人、どこかで見たことあるような……誰だったっけなぁ?」……と一人の女性患者の存在が気になり出した。「誰だったっけなぁ?」は長く続き、結局病院から帰宅した後、突然に思い出した。
「あ、あの大学の受付さんだ!」……あまりにシチュエーションが違いすぎたため、迂闊にも思い出せなかったのだ。
さぁそこで先日だ。某大学へ久し振りに仕事へ出向いた折、私は件の受付さんに確認するべく最接近を試みた。
私「唐突ではありますが、○○病院に行かれること、あります?」
受付さん「ええ。(と唐橋ユミの口調で)この間も風邪気味で」
私「僕も掛かりつけがあの病院でして、二ヶ月前にお見かけしたんです。ところが、どなただったかどうしても思い出せずにおりまして」
受付さん「そうなんですか。じゃ今度会いましたら必ず声を掛けて下さいね」
とまあ、せいぜいがこの辺りで会話を終るえるつもりだったのだが、しかし私も齢五十を過ぎたせいか、つい言ってしまったのだ。今まではこんなにペラペラとクッチャベる軟派野郎ではなかったはずなのだが、
私「どこかでお会いした方だとは思ったのですが、いやいや待て待て。そうではなくて、私にはこんなに綺麗な女性の知り合いはおりません。全く心当たりもありません。もしかしてテレビか映画で観かけた女優さんかもしれない。これは簡単には声を掛けられないゾと思いまして、ハイ。その時はそういう結論に至りまして、ハイ」
などとイケシャアシャアと、この口が、この口が言ったのだった。その間、受付さんは受付カウンター内で何度も「えー! えー!」を連発され、私発の“歯の浮いた言葉攻撃”にテンション上がりっぱなしで、瞳の瞳孔も開きっ放しだった。多分。
ああ、私はいつからこんなお調子者になったのだろう。これではまるで小石田純一じゃないか。そうして、またしてもこの口が放った第二波攻撃。
私「ちなみに私の主治医は○○先生です」と、脈略の破綻した素っ頓狂な無茶振りに、
受付さん「えー! 私もですよ。掛かり付けの先生、おんなじなんだ!」ときた。
それまでスーパードクターだと信じて止まなかった内科医師が、この日を境に、私にとっては単なる小太り中年スケベ親父に見えてきて、以後真面目に問診に答える気力も萎えてしまった。
そうなんだ。困ったチャンは私のほうだ。50を過ぎた辺りから、私はミモフタモないつまらん下世話な男に成り下がったようだ。
嗚呼。