私が所属する劇団の本番が先日終了しました。
そのことは次回のブログにてご報告いたします……って、誰に対する義務なのよって感じですが……ま、一方的私信としてです。あてどなき私信。
さて、
その本番前後でバタバタとしていましたが、知人の出演している芝居を二本続けざまに観ました。
前回のブログは映画でしたが今回はお芝居です。
一本は、脚本も演出も役者も兼ねる座長さんからのお誘いを受け、彼が牽引する劇団のオリジナル新作を観劇する、予定、でしたが……何と本番一か月前にアテガキしていた役者さんが何故か突然自ら降板をされ……急遽、既成の台本を座長さんが探し出し、その演目に変更。
私は全4ステージのオーラス、楽日公演を観劇したわけです。
短期間の稽古にもかかわらず良質の芝居に仕上がっていたことにいたく感激しました。座長さんや団員の皆さん、裏方スタッフの皆さんの「諦めないぞ」が結実した見ごたえのある作品でした。
この座長さん、私など比にならぬ才能とパッションの持ち主で、いつも刺激を受けています。今回もまた、
私、背中を押されました。
もう一本は、20年以上前に何度か同じ板に立ったことがある役者さんが出演されたお芝居。原爆投下、ヒロシマをテーマにした朗読劇です。私は、こうした作品に自らのエネルギーと想像を置こうとした彼に、なによりも打たれました。役者は戯曲の本質を生理として受け止めようとするものです。頭で考えるのではなく、心に刻もうとする。だから苦しい。
芝居の原作本を実は私、学生の頃に初版で読んでおるのですが、今その本は私の書棚でホコリをかぶっています。平成26年の8月。私は鈍っています。
観劇中は苦しくて、あえて心を半分閉じていたのですが、役者さんの肉声が私の心をこじあけました。
彼は、本当に個性のある(存在感のある=誰にも代わりのできない)役者さんになっていました。
私、背中を押されました。
それから、
これは観劇とは別なのですが……。
私が昔むかし芝居を続けるかどうか悩んでいた時のこと。私へのメッセージとして『君は生涯、芝居をやめるな! 一生続けなさい』と激励してくださった劇団の先輩がおられます。その言葉がなければ、私は多分今日まで、つまらない別の人生を歩いていたかもしれません。言い換えれば、その言葉を支えに今日まで演劇を続けてきたようなものです。
ところが、その方ご自身はある日を境にスッパリと芝居をやめてしまわれた。私は何ともやりきれない心持でおったのですが、先日本当に偶然にインターネットで近況を知ることができました。その方は現在も尚、子どもたちに芝居の面白さを伝えておられたのです。これには飛び上がるほど嬉しかった。嬉しくて涙が止まらなかった。更にネットには、その方の若かりし頃の夢が書かれてありました。新聞記者かアナウンサーを志望されていたと。ジャーナリストの世界か……何だか凄くわかる。動機がわかる。実に、あの人らしい。
私、背中を強く強く押されました。
前へ進もうとしないグータラな私には、みんなみんな、本当にありがたい、有り難い存在です。