昨年来、たびたび新聞には強制不妊の記事が掲載されています。

 

 「不良な子孫の出生防止」を目的とした旧優生保護法は議員立法で成立し、1948年に施行されました。敗戦後3年目のことでした。

 この法律はナチスドイツの「断種法」の考えを取り入れた国民優性法が前身で、知的障がいや精神疾患、遺伝性疾患などを理由に、本人同意がない場合の不妊手術を容認していたのです。厚生労働省によると、不妊手術を施された障がい者らは全国で2万5千人で、うち強制されたのは約1万6千人に上ると言われています。

 私個人としては、もっと多くの人が被害に遭われていると思っています。

 法律の施行から70年が過ぎた頃に、北海道や宮城、東京で手術を強制された方々が国に損害賠償を求める訴訟を起こし、その訴訟は瞬く間に全国に広がり、今年の4月、被害者への「反省とおわび」、そして一時金320万円の支給を盛り込んだ救済法が参院本会議で可決、成立したのです。

 

 私は日本で初めて誕生した手話サークル「みみずく」の発足経緯を群像劇として戯曲化したいと思い、当時(昭和40年前後に)最前線で活動されていたサークル員(聴者)の方々へのインタビューを繰り返していました。一昨年のことです。

 すると皆さんの発言には必ずといっていいほど「断種」の言葉が出てきました。

 「『聴覚障害は遺伝をする。障害者同士で結婚をすれば、子どもなど育てられるわけがない。子どもは作るな。断種しろ』と家族親族から諭され、無理矢理に手術を受けさされた。あるいは盲腸の手術だと偽られて本人が知らぬままに不妊手術を受けさされた。そんな“聾唖者”が沢山いましたよ」。

 インタビューの趣旨は、手話サークル黎明期の試行錯誤を知りたかったからでしたが、当時のろう者の現実に愕然とするしかありませんでした。

 「みんな泣き寝入りした感じです」。

 ことはプライバシーに関わることもあって、なかなか表面化しないまま時間が流れたのでした。

 けれども人生の終盤を迎えた被害者が、このまま黙っているわけにはいかないと各地で声を上げ始めたのです。

 

 この背景には、国が合法化した優性思想がありました。

 被害者の苦しみだけではなく、障がい者と暮らす家族の痛みや「負い目」につけ込んだのです。

 訴訟が広がる中で、国が自治体などに手術を促していたことも次々と露呈し、必要な手続きを経ずに手術を認めた事例も確認されていきました。

 

 子どもを産む権利は誰にも保障されています。そして幸せを決定するのは他人ではありません。子を持つ親であり、生まれてくる子どもなのです。

 当然のことです。

 当然のことなのに、「障がいを持って生まれてくる子どもや家族は不幸である」「恥ずかしいことである」との前提を国民に刷り込ませて、事実から目を逸らし社会保障などの政策は後回しにして、個人や家族の問題に押し込めた国の責任が、やっと今になって問われています。

 優生手術を認めた社会風潮は、市井に生きる人たちが生んだのではありません。

 この国では障がいを持って生まれた人は、幸せになれないとする福祉政策の脆弱さこそが根源なのです。

 

 優性思想を根っこする痛ましい事件が、最近も起こりました。

 断種は過去に限られたことではないんじゃないか。そんな気がします。

 家族を追い詰める元を絶たないと、今後も起こりうるのではないか、

 某国の大統領や某自治体の長が主張する自分の立ち位置を軸に置いた○○ファーストという考えは、あからさまな排他であり優性思想の相似形だと思うのです。