西日本劇作の会が募集した「西の風戯曲賞」、自作『阿修羅の巣くう』が大賞に選ばれました。
『阿修羅の巣くう』は耐震偽装を始め日本に蔓延する"誤魔化し"を背景にした作品で、実は初校は9年前に書き上げていました。その後すぐに東日本大震災があり、のちには熊本の大地震もあり、日本は地震列島であることが国民の意識に浸透したのですが、防災に関してこの9年間で前進したことや停滞したこと多々あって、けれども、つい先日もレオパレスの違法建築が露見するなど相変わらず企業の利益優先の誤魔化し体質は変わらず、しかもそういった不正を監視すべき政治の世界では虚偽、隠蔽、忖度などネタはあがっているのに誰も責任をとろうとしない態度の連続に、私自身も慣れてしまって、怒りすら覚えないようになりました。
「企業も政治家も誰も彼もしょうがないよな。ウソばっかりならべて……」などと諦めに似た溜息をつくばかりで。
久し振りに自戯曲を読み返してみて、まだ初校を書いた9年前のほうが憤慨していたような気がしたのです。「これではいかん」との自戒もこめて、戯曲賞締め切り日までの数週間、『阿修羅の巣くう』に書き換え書き足しを施して応募したのです。
また、今回の戯曲賞、審査員に熊本さんや菊川さんのお名前があるのを知ったことも応募した理由です。
以前のブログにも書いた通り、私は学生時代(35年前)に京都府庁の演劇サークルに参加しましたので、当時から菊川徳之助さんの主催されている『演劇教室(現・アノニム)』や熊本一さんが代表の『劇団大阪』とも劇団同士の交流があって、ペーペーの私としてはお二人を仰ぎ見ていた経緯があったのです。今や関西演劇界の重鎮となられたお二人には是非自作を読んで欲しいという願望もありました。「あの頃、役者や音響を担当していた私が、戯曲を書くようになりました」とお伝えしたくて。
しかし、ろう者と聴者が登場する作品を応募すると、審査の時点で、作者が私であることを推察される可能性があります。少なくとも同じ京都で活動されている菊川さんにはバレバレになってしまうおそれがある。結果が出るまでは審査員には応募者の名前が伏せられており、その条件は他の応募者と横一線で挑みたかったので、あえて聞こえる人しか出てこない『阿修羅の巣くう』を応募したのも理由の一つでした。
昨日8月31日に表彰式がありました。会場は谷町6丁目にある劇団大阪の稽古場です。(昔ここで、当時いた劇団で上演した記憶があります。梅田からも近く立地条件としてはすばらしい場所です)
表彰式と言っても、審査員の方々の講評や作者との質疑応答などもあり、むしろ審査会の続きのような雰囲気で進みました。会場が劇団稽古場だというのもあって、いい意味での緊張感があったようにも思います。
審査員の方から「選考は運」という言葉がありました。
「選考会では審査員の好み、その時のたった一つの発言で流れが変わり結果が変わることもある。もし、この時点で審査会の続きがあったら、結果は変わっていたかもしれません」と。
私には審査員のお一人、棚瀬美幸さんの言葉に一番刺激を受けました。
「この作品はセリフは力強く書かれている。しかし一方で殆ど男性だけの芝居であるため、設定には生活感が見えず、男性像もどこか昔の古い企業戦士のような描かれ方にとどまっている。脇役で描かれる女性像(主人公の母や主人公が匿名で支援する若い女性)にしても、働く男にあこがれる姿に終始していて、これはどうなのか。女性が描けていない。主人公と死刑囚となった父親との実際の絡みも描いて欲しかった。また、職場だけではなく生活感を出すことで、オトコの醜い部分を連想させるシーンも欲しかった。総じて女性が描けていないこと、生活が描けていないことに物足りなさを感じる。それと、セリフに関しては、一つ一つが全部長い。饒舌。全てをセリフで伝えようとしている。今この時に話すべきことを絞るべき。もっと観客の想像力に委ねていい。話さないことも大事。会話で全てを見せようとはせずに隙間をつくることも大事。役の存在、佇まいで伝わることも大切。それが演劇」。
他の審査員、神澤和明さんや菊川徳之助さんの講評も好意的な評価はしてくださいましたが、課題としてあげられたのは、最初にコメントをもらいました棚瀬さんと全く同じ指摘でした。
神澤さんからは、「主人公以外の男性の違いが見えにくい。それは生身の役者が演じることで一定解消はできるだろうが。ただ、男同士であっても主人公の父親が、主人公に対してどの程度(実の息子に対して)影響を与えたのかが見えにくい。女性が見えてこない」。
菊川さんからは、「主人公と父親との関係。女性との関わりかた(女性像)が見えにくい」。
熊本さんは講評は全て冊子に書いた通りなので、表彰式での発言は控えられました。
(今回の大賞と佳作、その他にノミネートされた1作品を加えた3作が掲載された戯曲集が「西の風戯曲賞受賞作品」として製本されました)
受賞者と選者との質疑応答では、私からは以下のような質問をさせて頂きました。
『劇作家として演出家に刺激を与えるようなト書きはどのように書けばベターなのでしょうか。具体的に言いますと、私の作品ではラストに1トン爆弾の装置が舞台上に出てくると書きました。これは逆に演出家のモチベーションをさげてしまうのか。演出家に任せていいくらいの幅に、ト書きをとどめておくべきなのでしょうか』。
この質問に関しては様々な返答がありました。
『確かに説明的ではあるけれど、視覚的効果もある。
台本を読む人の力量や実際に舞台化する場合であればどのような観客層に見せるかによって、書き方は変わってくるだろう』とか。
が、私としては、やはり装置に頼るのではなく、セリフで伝わるようにすべきで、ト書きも書くのであれば、細かく限定した書き方はしないほうがいいだろうという結論に落ち着きました。
表彰式の後、劇団大阪稽古場の向かいにある中華料理店で懇親会が開かれ、ここは一次審査をしてくださった方たちともお話しをしまして、みなさん劇作の会に入るように勧められましたので、私も向学のため参加することにしました。
西日本劇作の会に関しては、また後日のブログで書こうと思います。