コウちゃんは今年、還暦を迎えた。小柄なおっちゃんである。
僕がコウちゃんの圧倒的な仕事ぶりを初めて見たのは、10年以上前のことだ。
国道から少し離れただけの、意外と閑静な住宅街。そのド真ん中に、かつて豊臣秀吉が築いた城跡があり、取り囲むようにして大きな公園がある。
樹齢数百年を超える巨大松が枯れてしまった。秀吉の時代から、そこにあった松だった。このままでは危険だというので、伐採することになった。高さ30メートル。10階建てのビルに匹敵する。その幹に、コウちゃんはクサビを打ち込んでは、スルスルと登っていく。てっぺんあたりにワイヤを結ぶと、今度はスルスルと又降りてきて、近くの別の巨木の根元にウインチを撒きつけ、ワイヤのもう一方を結ぶ。特大チェーンソーでもって枯れ松の幹元に切り込みを入れる。「ギ、ギ、ギ、ギ」。やがて巨木がゆっくりと傾き始める。すると素早くウインチを手動で回転させ、倒木の方向を調整して、安全な角度へともっていく。公園全体を揺らすほどの「ドーン!」という地響き。遥か遠くのベンチでくつろいでいたカップルが、驚いて跳び上がったのが見えた。枯れ松は、構造物の一切に触れることなく、その角度しかありえない方向へと見事に倒れたのだった。
コウちゃんは三年前、大怪我を負った。傾斜角45度の急斜面から生える、またしてもの巨木を伐採する作業中に、立てかけていた梯子が外れてしまった。梯子の最上段から落下したコウちゃんは、そのまま45度の斜面を何10メートルも転げおち、岩と岩の間に挟まって九死に一生を得た。その岩間の先は谷だったらしい。
病院での一ヶ月間の昏睡の後、再び目覚めたのだという。骨折した右足には、長くボルトが入っていて、ついこの間、やっとそれを抜いたと傷跡を見せてくれた。
コウちゃんは震災の後、ボランティアで福島へ行った。ユンボを、出来る限り海岸線に近づけ海底から瓦礫を取り除く作業だったそうだ。港を一日も早く復旧するため。船舶の進行が可能となるように。けれども海底からは瓦礫や車だけが出てくるわけではなかった。とてもとても悲しいことに、何日ものあいだ沈んでいた人が、瓦礫とともに浮かび上がってくるのだという。
「ワシ、25人の遺体をあげた。」
「三日目ぐらいが一番辛かった。死んだ人を見るのが辛かった」
「けど、それからあとは神経が麻痺したんやろな。ワシ、淡々と作業を続けたで」
「自衛隊では足らんから、全国から来たボランティアのユンボの使い手が、同じように作業をしたんや」
……知らなかった。工事用の重機が、本来の仕事とは全く別の意味を持っていただなんて。
遺体を発見しては一刻も早く遺族と対面させるという、誰かがやらなければならない仕事。その一役を、戦場さながらの現場にあってボランティアとして全うしたコウちゃん。
「報酬? そんなんあらへんで。ただ最後の日やったかな。缶ビール一箱、もろうたで」
色んな話しをしてくれて、僕との別れ際、コウちゃんは言った。
「今、毎日薬飲んでるんや。抗癌剤。ワシなぁ、血液のガンなんやで。」
と少し笑いながら。