皆さまからお預かりしている胚(受精卵)・精子・卵子は、液体窒素の中に入れて凍結しております。液体窒素のタンクは非常にたくさんあり、週数回、液体窒素をつぎ足す必要があったり、どのタンクのどこに何が入っているかの管理などがあります。また定期的にタンクを増設する必要があります。そのため、定期的に更新料としてこれらのコストをご負担いただいております。

 

何らかの事情で胚の廃棄を選択される方がおられます。1人は妊娠出産に至ったが、治療費や子育てのコスト面で2人目を断念される方、年齢的に次の妊娠は考えないという選択をされる方、直近の妊娠があまりにもハイリスクなものであり医学的に次の妊娠を考慮しがたい方、もう希望の人数だけお子さんをご出産することができたので不妊治療はあと終結しようという方。理由は様々です。

 

以前、どこからが「命」なのかという記事を書いたこともありますが、精子や卵子はともかく、果たして受精卵は「命」なのでしょうか。

 

もし精子が命だったら男性のマスターベーションは精子の大量殺人になってしまいます。そもそも精子はただの細胞にすぎませんので、1匹2匹ではなく、正しくは1個2個と数えます。精子が命でない以上、卵子も命でないことになります。まだ受精もしていないし、このあたりまでは納得しやすいところです。では、受精した瞬間から命なのでしょうか。しかし、異常受精等もありますので、受精した瞬間から命という表現にも違和感があります。

 

こういったテーマには様々な感じ方、考え方が存在しますので、正解はありませんが、いわゆる研究分野では、ヒト配偶子・受精卵であっても、受精後14日未満なら研究に使ってもよいというのが世界的なコンセンサスとしてありますので、逆に言えば少なくとも受精後14日以内は生命とは考えない、という言い方もできるかもしれません。

 

まあしかし、こうした屁理屈にかかわらず、受精卵に「命」を感じるご夫婦は多いと思います。特に胚移植で妊娠出産に至った方にとっては、今となりで寝ている子も、もとはといえば受精卵であり、移植の瞬間も見たりしているわけですから、同じように治療すれば弟・妹になるかも知れないと当然思うわけで、そこに「命」を感じるのは当然の気持ちです。

 

しかし、色々考えて、もう不妊治療はしない、できないとなった時、胚(受精卵)の廃棄を決断する時がきます。

 

私たちも、お気持が済むまで永遠にお預かりしたい気持ちはやまやまですが、胚(受精卵)のお預かりのはコストもかかるし、日々の治療で凍結物は増え続けますので、お預かりしっぱなしではいくら場所があっても足りなくなってしまいます。タンクは買い足すことができても、タンクは結構大きいですし、セキュリティのかかる場所に保管しなければいけませんので、無限に置き場所があるわけではありません。採卵、胚移植、顕微授精などの花形の仕事ではなく地味な業務ではありますが、私たちにとって胚(受精卵)の廃棄はとても大切な業務です。

 

胚(受精卵)は、期限が来ると廃棄しますと一応は同意書に書いてありますが、廃棄の依頼書というものがありますので、それらをお持ちいただいたり郵送していただけると確実です。その際に、お手紙をつけていただける方が時々おられます。今までの治療への感謝のお気持ちを綴られたあと、なぜ胚(受精卵)の廃棄する決断に至ったのか、あるいは決断するにあたってのご夫婦のお気持ち、そして、スタッフに対して今後も頑張って欲しいという激励とねぎらいの言葉など。行間から、さぞや色々考え、悩まれたのだろうなということが伝わってくるものが多いです。お寄せいただいたお手紙はスタッフ皆で読ませていただいております。

 

お手紙をいただけることは嬉しいと言ったら変かもしれませんが、私たちの気持ちにとても響きますけれども、重いお話でもありますから、皆様にお手紙をつけてほしいということではもちろん全くありません。お手紙をお寄せにならない方も、おそらく同様に色々悩み、手続きをなさったのだろうことは私たちはよく分かっております。

 

治療を提供するだけでなく、こうしたところまで心を配ることも、生殖医療のクリニックにとってとても大切なことだと思っています。