皆さまの卵子・受精卵(胚)を培養する培養液(メディウム)は、結構デリケートにできていて、表面が触れている空気の二酸化炭素濃度濃度によってpH(酸性・アルカリ性)が変わります。

 

さて、そこで問題です。大気中の二酸化炭素濃度は何%でしょうか。多い方から順に、窒素(78%)、酸素(21%)、アルゴン(0.9%)、そして二酸化炭素は0.03~0.04%です。だいぶ昔に理科で習ったはずですが、ほとんどの方は忘れてしまっていたことでしょう。これが、培養器の二酸化炭素濃度は6%もあるのです(培養環境により多少異なります)。ちなみに酸素濃度は5%と、こちらは大気中より低く設定するのが一般的です。

 

もちろん、大気の酸素濃度や二酸化炭素濃度を調整することは困難ですので、最初からこうした配合になっているガス(三種混合ガス)をボンベで定期的に購入して、全ての培養器に配管して行きわたらせる必要があります。ラボは、液体窒素やらボンベやら、意外と危険物がたくさんあります。

 

さて話を戻しましょう。ここから少し話が難しくなりますが(といっても中学校で習ったはずですが)、培養器内の二酸化炭素濃度は高いと書きましたが、そうすると二酸化炭素は液体(培養液)に溶けることになります。二酸化炭素が水に溶けると、

 

H2O (水) + CO2  (二酸化炭素)

←→ H2CO3  (炭酸水素)

←→[H+ ](水素イオン)+[HCO3 −](炭酸水素イオン)

 

となり、[H+ ]と、[HCO3 −]に分かれます。

 

液体のpHは[H+ ]水素イオンにより低下(酸性になる)、[OH- ]水酸化物イオンにより上昇(アルカリ性)になります。二酸化炭素濃度が大気中の150~200倍の環境だと[H+ ]優位となり液体は酸性になります。

 

培養環境で大切なのは、二酸化炭素濃度というより、どちらかといえば培養液のpHであり、どのラボでも定期的に培養液のpHを試験測定しているはずです(と信じたい)。

 

培養液は通常、空気中(というか冷蔵庫)で保管し、使用する直前にディッシュ(培養用のお皿)にうつすことになりますが、実際には前日にディッシュを作り、一晩(over nightという)培養器の二酸化炭素濃度に晒してpHを落ち着かせてから使うことになります。そんな面倒なことしなくたって、塩酸とか酢酸とか、酸性にできるものいくらでもあるじゃん、とお思いでしょうが、これも理科でやったはずなのですが、炭酸水素イオンと水素イオンで作り出すこの世界は、「緩衝系」といって、急にpHが変わったりしにくいので、受精卵の培養には非常に向いているのです。

 

 

ところで、採卵は通常は2日前までに決まりますので問題はないのですが、まれに前日決定することがあり、夕方最終時間帯ギリギリでいきなり採卵決定した場合、とりあえずラボに電話して、「帰らないで!明日採卵決まるかも!」と伝え、ディッシュを作っておいてもらわないといけません(もちろん、予備のディッシュがあるので、連絡なくても何とかなるといえばなりますが、予備はあくまでも予備ですから、最初からあてにしてはいけません)。

 

その他、ラボには色々と準備が必要なことが多く、私たちはできるだけ急なオーダーをしないように、早め早めに色々決めようとするのですが、患者さんによっては、ギリギリまで考えたいとおっしゃる方もおられますので、何をどこまでなら待てるのか、ということを医師が正しく理解していることも大切です。

 

 

というわけで、今日は、炭酸水素イオンからのラボ業務についてお話してみました。それでは今日はこのあたりで。