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文学フリマへの道!

ここでは同人誌作成までの日々と、各メンバーの好きなことを記事にしていこうと考えています(´・ω・`)
文学だとかマンガだとかアニメだとかゲームだとか音楽だとか

こんばんは、お元気ですか。鳴向と申します。
自分の好きなものを紹介するというのは自分の構成物を曝け出すようで、なかなか結構勇気がいることなんだなぁと思います、なう。
バンバン好きなものの話をしてる淡夏氏ってすげーなと感心することしきりです。
さて、今日お話させていただくのは、市川拓司の「世界中が雨だったら」という小説です。
ちょっと今までの流れから見たら異色のチョイスかもしれませんが、うん、自分の本棚でも結構異彩を放ってます。
でもこれ、自分にとっては特に「書く」ときには欠かせない構成物の一つだと思うので、ちょっとお話させてください。
まあ、例によって長くなってしまったのですが、よかったらお付き合いくださいませ。

市川作品と言えば、「いま、会いにゆきます」や「そのときは彼によろしく」、ちょっとコアなところで「separation」あたりが有名でしょうか。
セカチューと並ぶ恋愛小説として一時は市場を席巻していたように記憶しています。
このテの本には滅多に興味を持たないのですが、たまたま表紙と、映画化宣伝の帯の長澤まさみの透明感に惹かれて「そのときは~」を購入してみたのでした。
これが自分の中ではなかなかの衝撃だったのです。

当時厨二病真っ盛りだった自分は、「よく構成された、難しく凝った物語」が大好きでした。
もちろん今も大好きなんですがそれはさて置き、そういう物語が好きではあったものの、自分で書こうと思うと難しいんですよね、これが。
いや、当たり前やっちゅーねんって話なんですが、そこは厨二病真っ盛りの時分ですので、そのことに結構しょんぼりしたりもしていたのです。
そんな時に読んだ「そのときは~」は、それまでいいと思っていた作品とは全然違っていました。
確かに物語を読んでいるのだけれど、文字の向こうに市川拓司がいて、語りかけられているような、と言うか。
文を通して市川拓司が透けて見えていて、誠実で、思いやり深い人が確かにそこにいるのだという安心感と言うか。
そういう感触がとても新鮮だったのです。
構成とは、プロットとは、自分を消すことだと思っていました。
事実、そういう側面もあるのかもしれません。
けれど、確かに筆者がそこにいるという感触を残したままでもこれだけ素敵な話が書けるのだという感動が、今でも忘れられません。
それからは、完全にコントロールされた物語もいいけれど、どこか自分が滲み出るような、そんな書き方をしてもいいのだと思えるようになったのです。
ということで自分の文章の書き口は、気持ち的な面でこの市川拓司に随分影響を受けたと思っておりまして、自分の中で特別な作家のうちの一人なのです。

話を少し一般的な方に向けますと、市川拓司の物語の魅力は「優しい、魔法的な調和」というところでしょうか。
雨上がりの森で、死んだはずの妻と再会し、再び一緒に暮らしだしたり。
離れ離れになっていた幼なじみと奇妙な巡り会いを経て、新たな関係を築いたり。
少しだけ混じる魔法的なファンタジーが、愚直で優しい恋をそっと支える物語なのかなと思われます。
そして、魔法は必ず解けるもの。
その、魔法が解けたとき残るものもまた、少し切なくて暖かい読後感を生み出します。

しかし、自分が紹介したい「世界中が雨だったら」は、そんな市川作品の中では異色の、「魔法が発動しなかった世界」の物語なのです。
主人公は他の作品と同じく、愚直なまでに優しい、一途な青年。
それなのにたった一つ魔法が起こらなかったために、主人公の世界は不調和へと陥っていく。
そこにあるのは、純愛ではなく、狂気、偏愛、盲信。
恋愛物語を綴るのと全く同じ手触りで描かれる狂気は、優しいが故に救いがない。
そういう世界の物語です。

自分は結構ひねくれ者で、セカ○ワの名曲R○Gのサビ「怖いものなんてない/僕らはもう一人じゃない」という歌詞が破滅への序章にしか聞こえなかったりするので、パラレルとしての「もしも上手くいかなかったら」という世界には非常に心惹かれるものがあります。
というわけで、ゲリラ豪雨という名の夕立が来襲する昨今ですが、市川拓司の、優しいけれど魔法のない、不調和の物語、もしよろしければお手に取ってみてください。


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夏ももうすぐ終わりですね。
秋から色々本番になりそうで戦々恐々としている淡夏です。
単純に時間に押しつぶされそうなので、しっかりと時間管理する訓練をしないと。

さてさて、今回は前回の続き。
気になる人は以下参照ということで。

『“やりたいこととやるべきことが重なる時”『STARA DRIVER ‐輝きのタクト‐』(1)』 amba.to/140AGK6

(続き)

もう一つの印象に残った言葉というのが、タクト達がサイバディに乗りこむ際に口にする、「アプリボワゼ!!」という言葉。
毎回聞くことになるこのよく分からん言葉ですが、出典はサン=テグジュベリ作『星の王子様』から。
実はこの銀河美少年、星の王子様のイメージで作られており、他にも綺羅星十字団の部隊の名前も同作からの引用だったりします。

不思議な響きを持つこの言葉、出典元では「関係を形成する」という意味合いで使われているそうです。
関係、つまりサイバディとの関係を形成することで、銀河美少年は力を発揮できるようになると。
サイバディが一体どういうものだったかは作中ではあまり語られることがなかったので、このようなヒントから考察していくのは魅力的ではあります。

しかし今回、一先ずサイバディの話は置いておくとしまして、もう一つの大切な関係について語りたいと思います。
それは、タクト、スガタ、ワコの三人組の関係です。

タクトと二人は親友になったとはいっても、元々タクトはよそ者。
一朝一夕で今の関係になったわけではありません。

タクトは島に来る時、最終便を逃したからと、何と海を泳いで渡ってきました。
途中で気を失い、浜辺に打ち上げられたところをスガタと散歩をしていたワコに見つけられ、人工呼吸をしてもらい助けられたのが三人組の始まりとなっております。
その縁で二人がタクトの面倒を見たり、タクトが綺羅星との戦いに巻き込まれ、二人の境遇を知ることで戦いに参加したりと関わりを深めていったのです。

ここで一番大切なのは、三人がそれぞれにそれぞれを大切だと想っていることだと思います。

どういう風に? と思われるでしょうが、それは実際にこの作品を見て、感じていただきたい。
人によっては、ちょっと切ない三角関係と感じる人もいるかもしれない。
けれど、僕が感じたのは、ただただ、この三人が三人でいるのは幸福なことなんだ、ということです。

タクトはワコのことが好きだし、スガタもワコを親友以上に想っている。
ワコもそれぞれの想いを肌で感じ、二人を特別な男の子として想っている。
男女の仲になりたいのなら、三人は多すぎる。
けどそれ以上に、三人が三人で過ごす時間は、彼らにとって楽しくて、幸せで、満ち足りたものだった。

だから、それなりの苦しみはあったんだと思います。
最終回で色々あってタクトがスガタを助けに行く時、タウバーンの戦闘の側ら、ワコのモノローグが流れます。

“でもあたし最近よく思うんだ。あたしはやっぱり、あなたに出会わなければ良かった。あなたが島に来なければ良かったのにって”


“ねえタクト君。二人の男の子を、こんなにも深く同時に好きになっちゃた女の子の苦しみが、あなたには分かる?”

そう言うワコは、けれど精一杯の気持ちを込めて、タクトの名を呼び、スガタの下へと送り出します。
苦しくても、ワコはどちらかを選ぶことができたし、どちらかに決めたということを匂わせる台詞もありました。
けれども、また三人で過ごすことのできる道を、選んだのです。

そんな三人の関係が素敵で、尊くて、眩しくて。
見ていて、ただ単純に素敵だなと、そう感じました。

何か、自分でもどうまとめて良いのか分からなくなってきました^^; 
とにかく、本当にこの三人がアプリボワゼしていくその過程が、この作品最大の魅力なんです。

前回のブログでは敵であるヘッドの話に触れましたが、タクトとヘッドの最大の違いは、ヘッドがそういう特別な関係を続けられなかったからなんじゃないかなと思います。
今を生きる特別な人達の心を見ず、自分の想い出に閉じこもっちゃったのが、最大の失敗なんじゃないかな、と(そこらへんは、テレビ版のヘッドとカタシロさんの話を参照)。
逆に言えば、人と関わり、影響し合うことこそが、銀河美少年として生き方に繋がる、一つの道なんじゃないかなとも思ったり。


今回は三人のアプリボワゼについてとりとめもなく書き連ねましたが、南十字島には様々なアプリボワゼのお話があります。
劇場版では省略されてしまっているので、余裕があれば是非、テレビシリーズの方で見ることをお勧めします(特に劇場版ではマリノという個人的に大好きなキャラの活躍が削り取られてしまっているので)。


長々と書きましたが、興味をもった人は是非スタドラについて語り明かしましょう。

それでは、“アプリボワゼ!!”


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遅々として勉強が進まない淡夏です。
七大罪の「怠惰」さんが強過ぎて、コンティニューする気力も奪われそうです^^;


生きてりゃ、前に進むのが億劫になることもしばしばありますよね。
そんな時に、何気なく思い出してしまうのが、今回ご紹介する『STARA DRIVER ‐輝きのタクト‐』(以下スタドラ)です。
何回かこのブログでも名前をチラッと出してますよね。
何を隠そうこの作品、私淡夏が大好きで大好きな作品なんですよ。
え、何も隠れてない?
やっぱ愛が強すぎるとだだ漏れになってしまうんですね笑。
では、いつものネタバレ感想をば。


“颯爽登場! 銀河! 美少年! タウバーン!!”


見てない人には分からないかもしれませんけど、これ、ロボット搭乗時(というか、もはや主人公の変身シーン)の台詞なんです。
作品の内容とかテンションとか、もうこれだけで「あっ……(察し)」ってなりそうですよね笑。

一応あらすじを説明しますと、主人公ツナシ・タクトは南十字島という島に引っ越すこととなり、そこでシンドウ・スガタ、アゲマキ・ワコという二人の友達を得ます。
スガタ、ワコはそれぞれ島に隠されたある秘密に強く関係しており、その秘密をつけ狙う綺羅星十字団という組織と対峙することとなります。
その秘密というのは、島にはサイバディと呼ばれる古代銀河文明が残した人型ロボットがあり、ゼロ時間という空間に閉じ込められているというものです。
ゼロ時間は四方の巫女という四人の女性の力で封印されており、ワコも巫女の一人として、島から出ることのできない運命を背負っています。
綺羅星の目的は全サイバディをゼロ時間から解き放ち、「旅立ちの時」に備えることです。
そのため、彼らはワコを始めとする四方の巫女を狙います。
偶然その争いに巻き込まれたタクトは、自身がサイバディを自在にあやつることのできる“銀河美少年”であることを明かし、ワコを守るために綺羅星十字団との戦いを決意するのですが……。

色々説明するものはあるのですが、そのあたりはグーグル先生やwiki先生に聞いてもらうとしまして……。

とにかくこの作品を見ていると、純粋にアニメを見ていた懐かしい気持ちを思い出させてくれます。
というのも、一話毎に綺羅星の刺客が現れ、そのサイバディをタクトがタウバーン(タクトのサイバディ)で倒していくという流れを徹底しています。
しかも、「銀河十文字斬り」や「タウビーム」、「タウミサイル」といった名前の必殺技で!!
「子供っぽいなぁ」と感じる人もいるかもしれませんけど、だがそれが良い!!
この、勢いで突っ切っていく感じがスタドラの醍醐味なのです。

他にも、綺羅星十字団のメンバーが主人公三人組のクラスメートばかりだったり、しかもどう見てもバレバレな仮面をつけているのにばれていなかったり。
極めつけは

(<ゝω・)綺羅星☆

で親しまれる(笑)団員内での合言葉。
初見時はどこの時空シンデレラだよと思いましたよ、ほんと。

こんな、ともすればおバカ丸出しな作品で、それが大きな魅力の一つであることは間違いないのですが、僕にとってスタドラは、決してネタアニメではありません。

この作品のテーマは「青春」。
それも、思春期の少年少女が持つ悩みや鬱屈をも、綺羅星で包みこんだ輝かしい青春。
それを、ただひたすらに真っ直ぐ描いているのです。

個人的に印象的な言葉が二つあります。
一つはタクトの名言

“やりたいこととやるべきことが重なる時、世界の声が聞こえる”

というものです。
前回『風立ちぬ』の感想を書いた時にも触れましたが、この台詞は正しく至言だと思います。
人間、誰しもがやりたいことをやれるわけではありません。
やるべきことはあれども、それがやりたいことだと言える人は、一体どれくらいいるでしょう。
だからこそ、その二つが重なっている人にとって、世界は輝かしいものになるし、その人自身もまた眩いばかりに輝く。

ただし、それは大人には少しばかり難しい生き方です。
綺羅星十字団のリーダー、ヘッドという人物が本作のラスボスとして描かれるのですが、彼はタクトの父親であり、青春をとうの昔に追い越してしまった人です。
にも関わらず、彼は自分が過ごしてきた過去に執着し、過去の中で暮らすために全てを利用します。
彼に何があったかは断片的にしか描かれていませんが、思うに、彼は世界の声を聞こうともがいていた人なのではないかと思います。
けれど、彼のやりたいこととやるべきことは一致しなかった。
そんな世界に絶望し、世界の声が聞こえたかもしれない一瞬を永遠にしようとした。
大人になるために謳歌すべき青春を、それそのものに拘り過ぎて先に進めなくなってしまったゼロ時間の牢人。
それが、ヘッドという人物なのではないでしょうか。

放送当時、ヘッドはただの小物にしか見えませんでしたが、今は自分が、彼に近づいていってしまっているのではないかと思います。
やりたいこととやるべきことが一致していたかもしれない、過去に想いを馳せる、足を止めてしまった人間に。

結局、ヘッドはタクトの輝きの前に敗れ、そこで彼の描写は終わってしまいます。
彼が自身の望みが成就しないことに絶望したのか、それとも、タクトの輝きに感じいるものがあったのか、明かされないまま。
そう考えると、ヘッドのようになってしまった人間には、救いの無い話に見えるかもしれません。

けれど、視聴者である僕達は、ヘッドにならないタクトの生き方を目の当たりにしています。
賢さではなく、心のままに生きるその姿を。

大人になるにつれ、そんな生き方は認められなくなるかもしれない。
それでも、タクト達のように生きれたらという希望を持たせてくれる。
それが、僕にとって『STARA DRIVER ‐輝きのタクト‐』という作品なのです。


そして、もう一つの印象に残った言葉は……と、長く語り過ぎましたね^^; 
今日はここまで。
望まれるかは分かりませんが、続きはまた、後日。

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