自分の好きなものを紹介するというのは自分の構成物を曝け出すようで、なかなか結構勇気がいることなんだなぁと思います、なう。
バンバン好きなものの話をしてる淡夏氏ってすげーなと感心することしきりです。
さて、今日お話させていただくのは、市川拓司の「世界中が雨だったら」という小説です。
ちょっと今までの流れから見たら異色のチョイスかもしれませんが、うん、自分の本棚でも結構異彩を放ってます。
でもこれ、自分にとっては特に「書く」ときには欠かせない構成物の一つだと思うので、ちょっとお話させてください。
まあ、例によって長くなってしまったのですが、よかったらお付き合いくださいませ。
市川作品と言えば、「いま、会いにゆきます」や「そのときは彼によろしく」、ちょっとコアなところで「separation」あたりが有名でしょうか。
セカチューと並ぶ恋愛小説として一時は市場を席巻していたように記憶しています。
このテの本には滅多に興味を持たないのですが、たまたま表紙と、映画化宣伝の帯の長澤まさみの透明感に惹かれて「そのときは~」を購入してみたのでした。
これが自分の中ではなかなかの衝撃だったのです。
当時厨二病真っ盛りだった自分は、「よく構成された、難しく凝った物語」が大好きでした。
もちろん今も大好きなんですがそれはさて置き、そういう物語が好きではあったものの、自分で書こうと思うと難しいんですよね、これが。
いや、当たり前やっちゅーねんって話なんですが、そこは厨二病真っ盛りの時分ですので、そのことに結構しょんぼりしたりもしていたのです。
そんな時に読んだ「そのときは~」は、それまでいいと思っていた作品とは全然違っていました。
確かに物語を読んでいるのだけれど、文字の向こうに市川拓司がいて、語りかけられているような、と言うか。
文を通して市川拓司が透けて見えていて、誠実で、思いやり深い人が確かにそこにいるのだという安心感と言うか。
そういう感触がとても新鮮だったのです。
構成とは、プロットとは、自分を消すことだと思っていました。
事実、そういう側面もあるのかもしれません。
けれど、確かに筆者がそこにいるという感触を残したままでもこれだけ素敵な話が書けるのだという感動が、今でも忘れられません。
それからは、完全にコントロールされた物語もいいけれど、どこか自分が滲み出るような、そんな書き方をしてもいいのだと思えるようになったのです。
ということで自分の文章の書き口は、気持ち的な面でこの市川拓司に随分影響を受けたと思っておりまして、自分の中で特別な作家のうちの一人なのです。
話を少し一般的な方に向けますと、市川拓司の物語の魅力は「優しい、魔法的な調和」というところでしょうか。
雨上がりの森で、死んだはずの妻と再会し、再び一緒に暮らしだしたり。
離れ離れになっていた幼なじみと奇妙な巡り会いを経て、新たな関係を築いたり。
少しだけ混じる魔法的なファンタジーが、愚直で優しい恋をそっと支える物語なのかなと思われます。
そして、魔法は必ず解けるもの。
その、魔法が解けたとき残るものもまた、少し切なくて暖かい読後感を生み出します。
しかし、自分が紹介したい「世界中が雨だったら」は、そんな市川作品の中では異色の、「魔法が発動しなかった世界」の物語なのです。
主人公は他の作品と同じく、愚直なまでに優しい、一途な青年。
それなのにたった一つ魔法が起こらなかったために、主人公の世界は不調和へと陥っていく。
そこにあるのは、純愛ではなく、狂気、偏愛、盲信。
恋愛物語を綴るのと全く同じ手触りで描かれる狂気は、優しいが故に救いがない。
そういう世界の物語です。
自分は結構ひねくれ者で、セカ○ワの名曲R○Gのサビ「怖いものなんてない/僕らはもう一人じゃない」という歌詞が破滅への序章にしか聞こえなかったりするので、パラレルとしての「もしも上手くいかなかったら」という世界には非常に心惹かれるものがあります。
というわけで、ゲリラ豪雨という名の夕立が来襲する昨今ですが、市川拓司の、優しいけれど魔法のない、不調和の物語、もしよろしければお手に取ってみてください。
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