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文学フリマへの道!

ここでは同人誌作成までの日々と、各メンバーの好きなことを記事にしていこうと考えています(´・ω・`)
文学だとかマンガだとかアニメだとかゲームだとか音楽だとか

こんばんは、はじめまして。鳴向と申します。
現在リプロでは11月のとあるイベントを目指して活動中なのですが、自分はこの第2回出展から参加させていただくことになりました~。
どうぞよしなに。


さて、ブログでは好きな作品の紹介などをしているということでしたので、自分からも一つ漫画の紹介をさせてもらいます。
調子に乗って書いてたら随分長くなってしまいましたが、最後までお付き合いいただければ幸いです。
自分が紹介するのは、先日産経新聞にも載ってたというし本屋でも結構平積みになってるので知ってる方もいるかもですが、こちら。
「文豪ストレイドッグス」
アマゾンさんのあらすじはこんな感じ。

孤児院を追われた青年・中島敦は、とある自殺志願の男を助ける。男の名は太宰治…国木田、与謝野らと共に異能力集団「武装探偵社」に所属し、「人食い虎事件」を調査していて…!?新感覚横浜文豪異能力アクション!

…中島敦に太宰治に国木田独歩、与謝野晶子で横浜…???
まあパラレルなんで…というかもはや時代考証とかいう問題じゃないですね。
ちなみに異能力アクションという触れ込みですが、それぞれの作家の代表作が「異能力」になってます。

例)国木田独歩「独歩吟客」→手帳に書いたものを具現化

…ちょっと草不可避…というか設定大勝利感がすごい…。
しかしこれ、人気があるって言われている割にはアマゾンレビューが結構けちょんけちょんで「資料はウィキペディアですか?」とか書かれてるんですよね。ワロタ。
でもちょっと待った!
この本って実はかなり革新的なんじゃないか?と自分は思うんです。

最近流行りの文豪本って、「恋する文豪」とか「文学男子」とか、ぱっと思い付くのってこのあたりなんですけど、この辺の本は文豪本人への依拠度が高いというか、まだ「相手は人だ」という感覚に縛られている感じなんですよね。
もちろん相手は人だし史実を捻じ曲げるのは駄目だと思います。
しかしこの「文豪ストレイドッグス」では、文豪本人と代表作が完全にデータベース化されているんです。
「そういうデータ」として扱われている。
時代考証は元より、キャラクターの性格も本人とはかなり独立してるし、代表作のタイトルは能力の名前だし…
その「データベース化」が文豪のジャンルで行われたのって、画期的なことなんじゃないかと。

思い返せば三国武将が大暴れするアレとか、戦国時代でバサラなソレとか新選組が活躍するコレとかだって、ある程度史実に基づきながらも実際の人物をデータベース化した上でキャラクターを組み立てているわけで。
伊達政宗は目からビーム出さないよさすがに。
あ、データベースっていう言葉を使ってきましたが、伝説化と言ったほうが近いかもしれませんね。
つまりある程度現実から切り離された存在になるということなんですが、今までそういう風に扱われたのはだいたい江戸時代くらいまでなんですよね。
それがついに明治~大正、昭和あたりにまで及ぶ文豪の時代も俎上に上がったか!と。
フィクションの対象になる時代がここまで広がったんだなあという感慨にふけってしまいます。
ともかくこれが引き金となって、文豪ネタの面白い話がこれからどんどん出てくるでしょうね。
楽しみ!

ちなみに、これ以外にも文豪のデータベース化が行われているっぽい作品としてドラマCDの「文豪シリーズ」とか、ゲームの「明治東亰恋伽」とかも頭を過ったんですが、どちらもジャンル自体がややマイナーで、漫画のアクセシビリティと現に今話題になっていることを考えると、やっぱりこれが一番影響力ある気がしますね。

そういうわけで、「文豪ストレイドッグス」は非常にエポックメイキングな漫画だと思いますので、本屋で見かけた際には一度お手に取られてみてはいかがでしょうか。
まあ自分はもう敦が可愛ければなんでも許せる気になってるんですけど!
あと乱歩かっこいいです乱歩。

それでは。

文豪ストレイドッグス -1 (カドカワコミックス・エース)/角川書店

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文豪ストレイドッグス (2) (カドカワコミックス・エース)/角川書店

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放置寸前だったけど、今さら更新しますよ、と。


最近のリプロの活動としましては、とりあえずメンバーの一人が原案のものを私淡夏が小説にこさえたりしています。
なかなか扱いの難しい設定なので悪戦苦闘していますが^^; 
書いてるうちに元の話からずれてる気がしないでもない(遠い目)
完成までしばし待たれよ。


そして今回のブログは『風立ちぬ』を見て思ったことをつらつらと。
べ、別に『ラピュタ』放送のタイミングに合わせて書いてるんじゃないんだからね!
バルス!


“生きねば”

見た人……じゃなくても分かると思うけど、これは実在の堀越二朗を描いたわけでもなければ、当時の日本そのものを描いたわけでもない。
というのも、堀越二朗を巡る環境が優しすぎるからだ。

地震があって、戦争があって、日本は貧乏で。
そうは言うものの、作中の堀越二朗は食うのに困った風でもないし、挫折はするものの、それが夢を叶える障害にもなりえない(もちろん、それなりの苦しみはあったようなことは言っているのだけれど、直接描いているわけでもない)。
周囲の人たちも二朗に優しいし、良い企業に就職するし、奥さん美人だしで傍目から見ればマジ勝ち組。
まあ、奥さん結核で最後まで一緒にいられるわけではないし、夢を叶えたとこで戦争の手伝いしてるだけとか、よく考えれば色々辛いことはある。
にも関わらず、描かれているのはひたすらに綺麗な世界だけ。
子供のように夢を追いかける、堀越二朗の姿だけ。
『千と千尋の神隠し』で、千がおにぎりを食べて涙を流すシーンの方が、よほど“生きねば”と思える。

では、『風立ちぬ』のどこに“生きねば”という想いを感じることができるのだろうか。

話は変わるけど、私淡夏は『スタードライバー 輝きのタクト』というアニメが大好きだ。
詳しく語るとブログの趣旨が変わってしまうので触れないが、この作品はとにかく印象的な台詞が多い。
とりわけ主人公のタクトがよく口にする、作品を象徴するような台詞がある。

“やりたいこととやるべきことが重なる時、世界の声が聞こえる”

やりたいことを全力でやって、それで結果を出している人というのは本当に眩しい。
それこそ、世界の声が聞こえている人は皆、銀河美少年と呼ぶにふさわしいスター性を兼ね備えている。
(余談ですが、僕にとってそういう輝きを放っている人は水樹奈々です)

さて、ここで話を戻すけど、この堀越二朗は間違いなく世界の声が聞こえてる人だと思う。
さすがに銀河美少年ではないけれども、夢を負い続けるその姿は、まるで世界の声に突き動かされているように見えた。
世界情勢なんて関係なく、ひたすらに夢を追いかける。
夢を叶えた後の結果なんて、最早関係ない。
その姿勢こそが、堀越二朗、宮崎駿にとって“生きる”ということなのかな、と。

でもね、あの二朗の生き方は理想過ぎる。
誰もがあんな生き方できるわけじゃないし、できたとしても、もっともっと苦しいこともたくさんあるはずなのに、そういった苦々しい部分は排除されていてリアリティがない。

そんなことは分かっているのに、どうしてか心を打たれてしまった。
大人になるにつれ、夢を追いかけるのは難しくなる。
それが分かっているからこそ、『風立ちぬ』で描かれる理想像にひどく共感してしまうんじゃないかな。

ネットではよく評価が割れるという意見を聞くけど、それは現実主義な人達にとっては幼稚なものに見えるからなんだと思う。
でも、理想主義者--少なくとも僕のような、世界の声を聞きたがっている者にとってはそういう作品の存在は救いになる。
フィクションの中くらい夢を見させて欲しいし、そういう映画が作られたということ自体が、夢を叶えた成功例なのだし。


誰かの評価じゃなく、自分が見て、どう思ったのかが一番大切なんだと思います。
これは別に『風立ちぬ』に限った話じゃなく、作品に触れる意義がそこにあるんじゃないかな、と。
そうやって自分の中で作品を消化・吸収することで、人生豊かになる。
そう信じています。


とりとめもなく書き連ねましたけど、映像はジブリ・クオリティなので、それを目当てに行くのも良いかなと思います。

そして、夢を諦められない人は、一度劇場に足を運んでみてはいかがでしょうか?
はまれば、もう一度自分を見つめ治す良い機会になると思います。
どうもお久しぶりです、淡夏です。
約一カ月ぶりの更新です。
怠け過ぎですね^^;

リプロとして次何に参加するかなどは決まっていませんが、とりあえず何かしらの活動はしているとだけ書いておきます。
また次が決まれば告知いたしますので、興味のある方はしばしお待ちを。

ただ、何の更新もないのは寂しいので、不定期ではありますが、これまでのように作品紹介は続けたいと思います。

さて、その作品紹介ですが、今回は柴村仁の『プシュケの涙』を紹介します。
いつもならネタばれ全開で感想を書き殴るのですが、今回は様々な人に読んでもらいたい作品なので、あまり内容に踏み込まずにふんわりと書いてみたいと思います。

では、まずはあらすじから。


夏休み、一人の少女――吉野彼方が校舎から飛び降り自殺をした。
その瞬間を目撃した二人の少年がいた。
鬱々とした受験生活を送る榎戸川と、その友人旭だ。
夏休みの出来事ということもあり、少女の死という事実が静かに忘れ去られようとしていたある日、榎戸川は変人と名高い少年――由良に話を持ちかけられる。

「俺たち二人で探ってみないか」
「なぜ吉野彼方は自殺したのか」

そうして、二人は吉野彼方の死の原因を調査し始めるのだが……。



こう書くとミステリー作品のように感じますが、物語のメインは謎解きではありません。
ではどういう作品かと聞かれれば、“青春もの”とか“ジュブナイル”といった言葉が近いように感じます。

ところで“若さ”という言葉を聞くと、皆さんはどんな言葉を連想しますか?
“未熟”や“愚か”といったある意味マイナスイメージのものでしょうか。
それとも、“可能性”や“エネルギー”といった、プラスイメージものでしょうか。

私にとって“若さ”とは、マイナスもプラスも含めて“がむしゃら”なものです。
社会的な経験に乏しく、自分の周りの世界しか知らない。
けれどその分、自分のやってることが正しいかどうかなんて関係なく一生懸命になれる。
それが“若さ”なのだと思います。

『プシュケの涙』の登場人物は皆“若さ”故に、自分の大切なもののために、一生懸命に生きています。
けれど、一生懸命だからといって、必ずしも報われるわけではありません。
世の中思い通りにはならない、なんてことは大人には当たり前ですが、彼らにとってそうではありません。
だからこそ間違い、苦しみ、諦めることもできずにもがくのです。

読み終えると、そんな彼らの痛みを想像して、堪らなく切ない気持になる。
これは、そんな作品です。

これを読んで、興味を持った人は是非手にとってみてください。
そして、読み終わった後にもう一度表紙を眺めてください。
何か、感じるものがあるはずです。

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