やっと一息ついたと思ったら、もう日曜日終わるじゃん!?
どうも淡夏です。
やることある時程何もできてないこのスケジュール管理の甘さよ……。
まあ、できなかったことに拘るよりも、これからできることをする方が建設的ですよね。
うむ、人生ぼんぼってれば、良いことあるよきっと。
さて、ちょいとお知らせ。
何やら三月の某イベントに、私たちリプロも参加してしまうそうです。
詳細はまた後日。
現在、そのための作品を鋭意製作中でございます。
ちょっとでも気になるという奇特な方はお楽しみに~。
……とは言ったものの、私個人は、なかなか執筆が進んでいないのが現状でして(-_-;)
アニメ見て放心してたら、一日が終わってるんですよね、あはは……。
くそ、試験さえ、試験さえなければ……(言い訳)。
そんな休日に見た作品は二つ。
一つは毎度おなじみ『凪のあすから』。
毎週感想書こうかなとも思ったんですけど、今回はやめときます。
ただ、間違いなく今期一番のアニメだと思います。
そしてもう一つは、ちょいと昔のアニメです。
ロボットものだけど、やる気で合体して、果ては宇宙規模にまででかくなるあのアニメ。
そう、無理を通して、道理を引っ込める、あのアニメです。
ほんと今更だけれど、心が滾ってしまったので。
“俺を、俺達を、誰だと思っていやがる!”
はい、おわかりの通り“男の義務教育”こと『天元突破グレンラガン』でございます。
気にはなっていたんですが、始まった当初のネット評判が、大体「ヨーコのおっぱい」だったので犬猿しちゃってたんですよね^^;
それで、終わってから某型月の菌糸類ライターの日記を読んで、改めて興味を持ったわけですが……。
これを見るまでの俺は、人生損してた。
あえて多くは語るまい。
とにかく、人は前に進むもんだと改めて教えられた気がする。
ラストバトルのシモンの台詞に、この作品の全部が詰まってる。
“俺達は、一分前の俺達よりも進化する! 一回転すれば、ほんの少しだけ前に進む!
それがドリルなんだよ!”
“覚えておけ。
このドリルは、この宇宙に風穴を開ける。その穴は、後から続く者の道となる。
倒れていった者の願いと、後から続く者の希望!!
2つの想いを二重螺旋に織り込んで、明日へと続く道を掘る!
それが天元突破! それがグレンラガン!”
“俺のドリルは、天を創るドリルだあぁぁあああ!!!!”
最初のうちは、「お前のドリルで天を突け!」とかネタかよとか思ってたのにこれですよ。
これだけ読んで、「何だその寒い台詞」とか思った人こそ、きちんと見てもらいたいですね。
“やる気”や“根性”だけでどうにかなるほど、現実は甘くない。
困難は多く、人生は絶望だらけ。
それでも人間は、前に進むことができる。
そんな綺麗事を信じさせてくれる、素晴らしいアニメでした。
俺も、俺の信じる俺を信じて、明日から頑張ろう。
こんばんは。ふりゅうです。寒い日が続きますね。
マフラーと手袋が無いと生きていけません。
さて、みなさんは普段、どのくらい読書していますか?
仕事や日々の生活が忙しくてなかなか本を読む時間が取れないという人は多いと思います。
自分は幸か不幸か去年の1年間は思いっきりヒマだったので、ジャンルを問わず手当たり次第に本を読みました。
読んだ本を積み重ねたら自分の身長を上回っていたと思います。
世間の基準がどのくらいかはわかりませんが、自分の中では最も多読した1年でした。
そんな多読を否定し、批判しているのが「自分の頭で考える」「著述と文体について」「読書について」の3篇が収められたショーペンハウアー「読書について」(光文社古典新訳文庫)です。
哲学は全く分からないのでショーペンハウアーは名前くらいしか聞いたことがなかったのですが、切れ味の鋭い文体でメッタ切りにされているような気分でした。
「読書するとは、自分でものを考えずに、代わりに他人に考えてもらうことだ。(中略)本を読んでいると、何も考えずに暇つぶしができて骨休みにはなるが、自分の頭で考える能力がしだいに失われていく」(「読書について」より)
こんな感じの容赦のない文章が続きます。
ざっくり書いてあったことをまとめるとこんな感じ。
・本を読んで自分の血となり肉となるのは反芻してじっくり考えたことだけ
・多読に走ると自分の考えを持つ精神のしなやかさが失われる
・自分自身のために自分の頭で考えた真理や洞察に価値がある
・読書は他人の考えに過ぎず、自らの精神に材料を供給するが、それに慣れてはいけない
・読書のために現実世界から逃げてはいけない。読書以上に現実は思索の源となる
・書くときに素材を直接自分の頭から取り出す書き手こそ読むに値する文章となる
・世の中悪書ばかり。最新刊よりも先人の素晴らしい古書を読むべき
・本の価値は素材(何を書くか)と表現形式(どう書くか)によって決まる
・知者なら文章でありのままの自分を見せるだけで良い。「正しく書く秘訣は賢くあること」
・本を読んだら比喩や言い回しなど作家の文章の使い方を学ぶことができる
・↑ただし自分自身にその使い方の素質が無ければ無意味、ただの技巧
もっとぶっちゃけてまとめるとこんな感じ。
「読書なんて他人の考えをなぞってるだけなんだから、あんまり読み過ぎないで自分の考えを自分自身で築くことが大切だよ。読むならくだらない流行の本じゃなくて、昔の名著を読もうね。良い文章を書くコツ?背伸びして書いてる時点で論外。しっかり自分の考えを持ってるならありのままを書いただけで良い文章になるよ」
かなり耳が痛い感じです。ぐぬぬ……。
ショーペンハウアーの主張の全てに賛成するつもりはないですし(自分の考えを自分だけで創り上げるって出来るの?って思います)、色んな本を多読することも悪い事ではないと思っています。
ただ、同じ本を何度も何度も繰り返し読んで自分の血となり肉とすることも大切なことだとは感じました。
そして、多少取っつきにくくても素晴らしい古書を読んでみることにも賛成。
「読書について」はかなり辛辣でしたが、まさに素晴らしい古書であるのは間違いありません。
マフラーと手袋が無いと生きていけません。
さて、みなさんは普段、どのくらい読書していますか?
仕事や日々の生活が忙しくてなかなか本を読む時間が取れないという人は多いと思います。
自分は幸か不幸か去年の1年間は思いっきりヒマだったので、ジャンルを問わず手当たり次第に本を読みました。
読んだ本を積み重ねたら自分の身長を上回っていたと思います。
世間の基準がどのくらいかはわかりませんが、自分の中では最も多読した1年でした。
そんな多読を否定し、批判しているのが「自分の頭で考える」「著述と文体について」「読書について」の3篇が収められたショーペンハウアー「読書について」(光文社古典新訳文庫)です。
哲学は全く分からないのでショーペンハウアーは名前くらいしか聞いたことがなかったのですが、切れ味の鋭い文体でメッタ切りにされているような気分でした。
「読書するとは、自分でものを考えずに、代わりに他人に考えてもらうことだ。(中略)本を読んでいると、何も考えずに暇つぶしができて骨休みにはなるが、自分の頭で考える能力がしだいに失われていく」(「読書について」より)
こんな感じの容赦のない文章が続きます。
ざっくり書いてあったことをまとめるとこんな感じ。
・本を読んで自分の血となり肉となるのは反芻してじっくり考えたことだけ
・多読に走ると自分の考えを持つ精神のしなやかさが失われる
・自分自身のために自分の頭で考えた真理や洞察に価値がある
・読書は他人の考えに過ぎず、自らの精神に材料を供給するが、それに慣れてはいけない
・読書のために現実世界から逃げてはいけない。読書以上に現実は思索の源となる
・書くときに素材を直接自分の頭から取り出す書き手こそ読むに値する文章となる
・世の中悪書ばかり。最新刊よりも先人の素晴らしい古書を読むべき
・本の価値は素材(何を書くか)と表現形式(どう書くか)によって決まる
・知者なら文章でありのままの自分を見せるだけで良い。「正しく書く秘訣は賢くあること」
・本を読んだら比喩や言い回しなど作家の文章の使い方を学ぶことができる
・↑ただし自分自身にその使い方の素質が無ければ無意味、ただの技巧
もっとぶっちゃけてまとめるとこんな感じ。
「読書なんて他人の考えをなぞってるだけなんだから、あんまり読み過ぎないで自分の考えを自分自身で築くことが大切だよ。読むならくだらない流行の本じゃなくて、昔の名著を読もうね。良い文章を書くコツ?背伸びして書いてる時点で論外。しっかり自分の考えを持ってるならありのままを書いただけで良い文章になるよ」
かなり耳が痛い感じです。ぐぬぬ……。
ショーペンハウアーの主張の全てに賛成するつもりはないですし(自分の考えを自分だけで創り上げるって出来るの?って思います)、色んな本を多読することも悪い事ではないと思っています。
ただ、同じ本を何度も何度も繰り返し読んで自分の血となり肉とすることも大切なことだとは感じました。
そして、多少取っつきにくくても素晴らしい古書を読んでみることにも賛成。
「読書について」はかなり辛辣でしたが、まさに素晴らしい古書であるのは間違いありません。
淡夏です。
引き続き『凪のあすから』の感想です。
前回、関係性が良いという話をしましたが、では七角関係という泥沼にはまりそうなもののどこが良いのか。
それは、皆が皆、初な気持ちで恋をしているところ。
三角関係とかで“どろどろ”という形容詞が使われるのは、その気持ちが性欲、所有欲に起因するからだと思います。
金に目がくらむように、異性に目がくらむというか。
恋愛ものなんて性欲、所有欲を描いてなんぼだとは思いますが、それって突き詰めれば、男と女を描けば誰でも良いんじゃね? という風に思ってしまうんですよね、個人的に。
登場人物その人がする恋愛よりも、男と女が恋をすることに重点が置かれる、記号的な物語になってしまうんじゃないかな、と。
それは何も異性愛に限った話じゃなく、同性愛でも、キャラの感情よりもその性という記号が恋愛しているように感じてしまう(日本語おかしくてすみません)。
でも『凪あす』は、それぞれの気持ちの起点に海と陸という面倒な設定を持ち込むことで、単純に男だから、女だからという問題を解消しているように感じる。
加えて、メインキャラは皆中学生。
男と女の差が大きくなっていく時期。
性欲と所有欲が大きくなりつつも、それをそれと割り切れない微妙なお年頃。
そういう時期って、恋愛というより人間関係に対して潔癖になっちゃうんですよね。
だから、関係の変化に過敏になって、欲望と綺麗な気持ちの間でごっちゃごちゃになって。
そういう、理論立てて説明できないものを、しっかりと視聴者に届けてる。
そこが、凄く良いんです。
話の筋や設定だけじゃなく、演出も繊細。
『true tears』もそうなんですけど、随所に、妙に“エロ”いシーンが入るんですよ、PAのアニメって。
エロといっても、ネタっぽいサービスシーンじゃなくて、男なら見ちまうだろこういうとこ、っていう生々しいエロさというか。
記号でしかないアニメキャラに、“肉”を持たせていると言いますか。
これって、サービスシーンって以外にも、ボーイミーツガール的にも凄く意味のあることなんじゃないかって思うんですよ。
さっきも書いた通り、中学生、思春期の男の子って否が応にもそういうとこに目がいってしまう。
それが関係に対する潔癖さ故に、葛藤に繋がって悩みを加速させる。
『凪あす』でも、光がまなかに対する気持ちを抑えきれなくって抱き締めるシーンがあるんですが、その時の光の目線の生々しいこと。
加えて、抱き締められた後、まなかが戸惑いと不快さで光を突き飛ばすってのがまた良いんですよ。
別に光のことは嫌いじゃないのに、(決していやらしいことをしたわけじゃないんですが)性的な振舞いをされたことを本能的に嫌がって、それで光に抱く友達としての好意との狭間でわけ分かんなくなっちゃって。
見ているこっちまで、胸が締め付けられましたよ、ホント。
このシーン以外にも、もっと乙女チックに繊細なシーンもいっぱいあるんですが、とにかく心情描写が丁寧なんです。
それを見て、やられるんですよね。
他にもいっぱい語りたいことあるんですけど、収集つかなくなるんで、今日はここまで。
完璧な自己満の感想でしたが、興味をもった人は、是非一度ご視聴を!
こういう後味を持たせられる作品書ければ良いんですけどねー。
やっぱり描写力が当面の課題かぁ……。
前途多難だなぁ。
ではでは、またどこかで~。
凪のあすから 第2巻 (イベント応募台紙付き 初回限定版) [Blu-ray]/ジェネオン・ユニバーサル

¥7,875
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引き続き『凪のあすから』の感想です。
前回、関係性が良いという話をしましたが、では七角関係という泥沼にはまりそうなもののどこが良いのか。
それは、皆が皆、初な気持ちで恋をしているところ。
三角関係とかで“どろどろ”という形容詞が使われるのは、その気持ちが性欲、所有欲に起因するからだと思います。
金に目がくらむように、異性に目がくらむというか。
恋愛ものなんて性欲、所有欲を描いてなんぼだとは思いますが、それって突き詰めれば、男と女を描けば誰でも良いんじゃね? という風に思ってしまうんですよね、個人的に。
登場人物その人がする恋愛よりも、男と女が恋をすることに重点が置かれる、記号的な物語になってしまうんじゃないかな、と。
それは何も異性愛に限った話じゃなく、同性愛でも、キャラの感情よりもその性という記号が恋愛しているように感じてしまう(日本語おかしくてすみません)。
でも『凪あす』は、それぞれの気持ちの起点に海と陸という面倒な設定を持ち込むことで、単純に男だから、女だからという問題を解消しているように感じる。
加えて、メインキャラは皆中学生。
男と女の差が大きくなっていく時期。
性欲と所有欲が大きくなりつつも、それをそれと割り切れない微妙なお年頃。
そういう時期って、恋愛というより人間関係に対して潔癖になっちゃうんですよね。
だから、関係の変化に過敏になって、欲望と綺麗な気持ちの間でごっちゃごちゃになって。
そういう、理論立てて説明できないものを、しっかりと視聴者に届けてる。
そこが、凄く良いんです。
話の筋や設定だけじゃなく、演出も繊細。
『true tears』もそうなんですけど、随所に、妙に“エロ”いシーンが入るんですよ、PAのアニメって。
エロといっても、ネタっぽいサービスシーンじゃなくて、男なら見ちまうだろこういうとこ、っていう生々しいエロさというか。
記号でしかないアニメキャラに、“肉”を持たせていると言いますか。
これって、サービスシーンって以外にも、ボーイミーツガール的にも凄く意味のあることなんじゃないかって思うんですよ。
さっきも書いた通り、中学生、思春期の男の子って否が応にもそういうとこに目がいってしまう。
それが関係に対する潔癖さ故に、葛藤に繋がって悩みを加速させる。
『凪あす』でも、光がまなかに対する気持ちを抑えきれなくって抱き締めるシーンがあるんですが、その時の光の目線の生々しいこと。
加えて、抱き締められた後、まなかが戸惑いと不快さで光を突き飛ばすってのがまた良いんですよ。
別に光のことは嫌いじゃないのに、(決していやらしいことをしたわけじゃないんですが)性的な振舞いをされたことを本能的に嫌がって、それで光に抱く友達としての好意との狭間でわけ分かんなくなっちゃって。
見ているこっちまで、胸が締め付けられましたよ、ホント。
このシーン以外にも、もっと乙女チックに繊細なシーンもいっぱいあるんですが、とにかく心情描写が丁寧なんです。
それを見て、やられるんですよね。
他にもいっぱい語りたいことあるんですけど、収集つかなくなるんで、今日はここまで。
完璧な自己満の感想でしたが、興味をもった人は、是非一度ご視聴を!
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