アメリカを相手にバスケットボールのお仕事をしていると、戦争との関わりはないように思われがちです。実際、筆者は戦後生まれなので、平和や戦争を口にしていいのか、はばかられるところがありますが、抗争はこんな感じで起こるのかな、と思うところがあったので少し。
アメリカという、自分達とは違う国・文化・習慣の人達を相手にしていると、それが原因で摩擦を感じたり、問題が生じることがあります。
かつて、新規に取引を開始したアメリカの会社と、こういう出来事がありました。
当時、その会社は「大きな箱も送ることのできる国際版の普通郵便」という発送方法を採用しており、ハガキなどの普通郵便のように伝票番号がなく、いわば追跡ができない国際貨物便です。
そのため、日本に到着するまでに紛失や行方不明になると、発送した会社は本当にその荷物が届いたのか、逆に受け取り側も本当に発送したのかわからないことになります。
そして、数回目の取引で紛失が発生してしまいました。
待てど暮らせど、商品が到着しません。
先方のマネージャーに、連絡とクレームを出すこと1ヶ月。
彼らは巨額の荷物を受け取っているのにウソを言って、購入代金まで取り戻そうとしていると主張し、大手クレジットカード会社の国際支店が間に入る騒ぎにまで発展しました。
結果、
「会社は全額返金に応じるが、今後は御社(レプリソーム)との取引は一切禁止」
2度と連絡してくるな、と言わんばかりの文面でした。
「紛失が発生すると困るので、差額を払うから伝票番号が発行される方法で発送してほしいとお願いしたのに、不適切な方法で送ってくるのは自分達の責任じゃないか」
というのが、内心こちらの本音でした。
しかし残念ながら、過去の色々な経験からもそうでしたが、こちらに正しい言い分があっても、一旦「こう」と決めると、全く取り合ってくれなくなるのがアメリカ人。
過去にあった、アメリカ人との数々のトラブルが頭をよぎります。
そこで、イライラしながら、つい口にしがちなのが
「これだからアメリカ人は………」
…………………ですが、一方で
まだアメリカ国外へ出荷していなかった頃でも、出荷を快諾してくれたNBAアリーナのマネージャーさん
クレジットカード枠を使い切ってしまい、レンタカーを借りられなくなった私に「ウチにメシを食いに来いよ」と言ってくれたレンタカー屋のスタッフ
大学構内が工事中で地図を見ていた私に声をかけて案内してくれた学生さん
取引荷物が大きいからと、車まで運んでくれた取引先のスタッフ
その他、私を助けてくれた大勢の方々。
彼らもみなアメリカ人です。
紛失問題にだけに気をとられ過ぎて、恩人までひとくくりにしてしまうところでした。
「これだから、●●人は」という言葉は、相手のお国柄や人種に責任を転嫁して、個人の怒りを収めるには便利な言葉なのかも知れませんが、同時に「木を見て森を見ず」をする可能性が伴ないます。
目先の問題や、過去の良くない記憶に捉われると、国をまたいでの仕事はできない。
そう痛感する出来事であると同時に、過去の良くない記憶に捉われ続けてしまうことが、その国を色眼鏡で見ることになり、「●●人」が人種の区別ではなく「心の垣根」となって差別へ、そして抗争の火種になりやすいのかなとも感じました。
つづきます