昨年、3月にアイバーソン選手の背番号#3がシクサーズの永久欠番になりました。
これ自体は大変おめでたいのですが、お祝いと同時に、アイバーソン選手の姿をもうコートの上で見ることはないということも確定されたことになります。
そして先頃、スティーブ・ナッシュ選手が引退を表明しました。
ここ数シーズン、ケガがちであったので、そう遠くない時期にそういうこともあるかも知れないと感じていましたが、実際にその日を迎えると寂しい限りで、昔の言葉、3月はさよならの季節、とはよく言ったものだと思います。
グッズ屋として、この選手には随分と関わりがありました。
特に、日本で初めてマーベリックスのナッシュ選手のジャージを入荷させた経緯からも、思い入れのある選手です。
サンズのルーキー当時から名前は聞いていましたが、最初は一人の良PGとしか意識しておらず、本格的にかかわり始めたのは、マーベリックスへ移籍し、プレイオフでジャズを破った翌シーズンからでした(HWCで再販された、あの青いジャージだった頃です)。
2001-02シーズン、日本ではノビツキー選手のジャージ(新調されたダークネイビーのジャージ)が売られ始め、当店でもダラスの特集を行なおうとした時でもありました。
今でこそ、外国籍の選手が大勢スタメンで活躍し、グッズもそれに合わせて生産されていますが、当時はまだアメリカ国籍の選手が優先的に生産・販売されていました。
ダラスへ赴くも、当時マブスの主力3人のうち2人が外国籍の選手(ノビツキー選手:ドイツ、ナッシュ選手:カナダ)ということもあり、フィンリー選手のグッズは街中でよく目にするものの、あとの2選手についてはアリーナに足を運ばないと、なかなかお目にかかれませんでした。
ホームのジャージに限っていえば、2選手についてはアリーナでしか販売されていませんでした。
今ではノビツキーと言えば通用しますが、当時は「ノウィツキー」と英語発音しなければ、地元であるダラスにも関わらず、誰のことを言っているのか、わかってもらえず、何度も地元の方から「わざわざ日本からダラスへ来てマブス?(=NFLのカウボーイズじゃないのかい?)」と何度も言われ、ナッシュ選手にいたっては、「スティーブン・ナッシュ」と発音しなくては通じず、その経験を旅行記に記載するため、自分でこんな絵も書きました。
※NBAエンサイクロペディア3版には、「Stephen John Nash」とありますので、地元の方々の言う通りなのかも知れません。
日本で初めて自社で入荷させたジャージの選手であり、ダラス中を探すうち、その前のシーズンの青いジャージを見つけたりと、苦労して探した経験からか、ナッシュ選手への思い入れが強くなっていきました。
続きます。
