わたしのお気に入りのブログで、こんな記事がのっていた。
私の個人的な意見。
>テーマは「教会に閉塞感はあるのか?」
⇒不思議な現象が起こっていて、閉塞感がある世代と無い世代が、同じ教会内で発生している気がする・・・あくまで、「気がする」という程度、事実かどうかわからないが・・・
私がいっている教会は、だいぶそれが破られてきたという気がするが・・・それも、意識してそうなったわけではなく、本当に主の憐れみによって、優秀な人材が与えれたから。教会がそうなったわけではなく個人の力によるところが大きい。それはそれで大変感謝です。
>ある牧師は、伝道、教会学校、青少年の減少などは20年前に予測できたこと。それに教会が対応してこなかった。閉塞感や閉塞的状況は教会が作り出したのでは?とご指摘。
⇒根本的な「何故か?」という問いかけをしなかったんだろうか?という気がしている。
「何故、中学生になると離れるのか?何故、働きはじめると離れるのか?何故、信仰を継承できないのか?何故、聖書を読まないのか?何故、よろこびがないのか?等等」
出した答えはすべて個人の問題。「聖書をよまないから。教会に出席しないから。」挙句の果てには、「救われていなかったから」という、「だから、何故、そうなのか?」という問いを徹底して追求してこなかったのでは?
>同牧師は経営学者ドラッガーを引用し、成長する企業が持つ「自分達の働きをしっかりとやること」「イノベーション(刷新)する」「後継者を育てる」この三点は本来、教会が取り組むべきと主張。
⇒何度か、この提案をしたことがある。組織運営上、非常に有益な本であるので、参考までに読んでみたらどうかと言ったこともあったが、殆ど興味は示されなかった。聖書を読んでいればいい的な感じであった。
>別の牧師はイノベーションができない理由の一つとして、過去の成功モデルが次の段階で足を引っ張ることがある。教会の初期に救われた成功例から抜け出せない教会は成長できないとのご意見。
⇒教会学校などは典型で、食べ物があふれ、娯楽があふれ、子ども達が習い事や学校で疲れている・忙しい時代に、一人で歩かせるには危険な東京のど真ん中で、まだ50年前のように、「(ほんの少し)お菓子もでるし、楽しいお話が聞けるので、みんな来てね」と言っている。更に子どもを通して、親に福音が伝われば・・というような、今までそのような見たことも聞いたこともないケースを夢見ている・・・そりゃ閉塞していくわなぁ・・・・と思う。
与えられた場所・時代から隔離しちゃっているのでは?
>同牧師は、教会の評価は、多くの会衆ではなく、どれだけリーダー、後継者を育てたかによる。牧師がそれを第一の使命として取り組まないので、閉塞的状況になったとも主張。
>また、リーダーや育たない原因として、四名の牧師が一致して、教会の中に蔓延する「癒されたい」という空気を問題視。「癒されなければならないというのが、問題。」「それは信仰ではない。」「救われても世界観が変らなければ・・・・」などの意見が続出。
⇒なるほどねぇ・・・牧師の評価ではなく、教会の評価なんですね。リーダー・後継者を育てるのは教会の使命なんですね。会衆側にも大きな問題ありますね。でも、この新しい聖書的世界観を教えられずに得ることもできるはずがないのも事実。
今の指導者達もおそらく、指導者としての指導は受けてこれなかったのかなぁと。その中でも一生懸命伝道してきて、苦しみながら牧会してきたんだろうなぁと思います。だから指導者や責任者をどうこう言うつもりは全くないし、むしろ感謝し、すげーなぁと思います。ただ、で、あるならば自らが聖書的世界観を得、合同の教会の、福音の後継者となっていく努力をしなくてはならないのだと思いました。