また新しいのに手を出して…前の奴の続きはどうなったんだ!とお思いの方、いつもありがとうございます。(はたして、いるのだろうか…)
すみません…でも、ぼちぼち書いていきますので!

さて、今回の話。所謂、心の栄養です。
ライトな百合ものは、僕の心の栄養です。気持ち悪いです。

京極夏彦の小説、『魍魎の箱』。あれの冒頭の少女たちの雰囲気がすごく好きでした。
でも、あれは酷い話で…もう…。
話は面白いし、長いのもそんなに気にならなかったけど…いちいち話が重くて、欝に欝で欝でした。
読んだ記憶を消したい…。『姑獲鳥の夏』から。
世の中には欝ゲーというジャンルもありますが、立ち直れないからやめてほしいです。本当、耐性が無いので。
なので、そんな耐性の無い僕が書く話は、欝な展開は無いです。
現実でも重い出来事が溢れているので、せめて話の中だけは…と思ったり。
ただ、やっぱり悲しい出来事は、それだけ強いメッセージ性があったり、印象に残ったりしますよね。
そこは否定しないし、効果的に使えればとても感動する話にもなる。
創作って、本当に露骨に人間性が出たりするなぁ…。

脱線しすぎましたが、一応軽くキャラ紹介を。

遥子…佐月の親友。背は平均より少し上。長い黒髪美人。普段は気さくで活発な少女です。そして、ロマンチスト。

佐月…語り部で主人公。遥子に恋心に近い憧れを持っています。少し背が小さく、気弱で引っ込み思案。髪の毛の色素が薄く、校則ぎりぎり。セミロング。リアリストというほどではないが、ロマンには疎い。

高校1~2年生くらいです。
そんな彼女達の、特に何も無いような日常を息抜き代わりに書けたらなぁ…と思っています。
薄暗い部屋に、窓から月の光が差し込む。
私は、ベッドに両肘を付きながら、窓の方を見ている。
私の視線の先には、少女がいる。
少女は窓枠に腰掛けて、窓の外を見ている。
その表情は見えない。
艶やかで長い黒髪が、彼女の体に沿って柔らかく落ちている。
月光を浴びて、黒髪は神秘的な程に輝き暗闇の中で浮かび上がっている。
私は、すっかりその光景に見入っていた。
「さつ、夜空が綺麗だねぇ」
突然、彼女が振り向いた。私の心拍数が少し上がる。
さつというのは、彼女だけが呼ぶ私のあだ名。
佐月と書いてさつき。きだけを省略して彼女は呼ぶ。
私は、いきなりだったので上手く反応できず、あいまいに笑った。
彼女もにこりと微笑んで、また窓に向き直る。
ここは、私の部屋。
今日は、彼女が泊まりに来てくれた。
家が近所なので、結構こうして泊まりっこしている。

(遥子だって夜空と同じくらい、いやもっと綺麗だよ…)

などと私は心の中で呟いた。
彼女の名前は遥子で、ようこって読む。
私は、この中学から出来た親友に憧れている。
特に何があったってわけでも無いけど…私と違って、背も高くて、髪が綺麗で美人で…。
性格も明るいし、行動力もあって優しくて。何もかもが私と反対で…。
でも、そんなことは絶対に言えないし言う必要も無い。
こうして、二人で一緒の時間を過ごせれば私には十分だ。
遥子は、さっきからずっと窓の外を見ている。
今日はほぼ満月に近くて、明かりを付けていなくても十分に明るい。
「月ってさぁ…」
視線を窓の外に向けたまま、遥子は話しかけてきた。
「すごく静かに佇んでいるよね…太陽は少しうるさいかなぁ…」
遥子は、少しロマンチストなところがある。感覚で話すことが多いというか…。
「それは…日が出てるときは皆が活動してるからじゃないかな?」
ついそんな言葉が口から出た。私にはロマンは無いのかもしれない…。
ただ、そうやって現実に引き戻さないと、この友人はそのまま消えていってしまうような気がするのだ。
普段は儚さとは無縁なのに…。
当の本人は、そっかぁーと言ってまた夜空の観察に戻ってしまった。
しかし、いい加減それも飽きたのか、突然立ち上がり私を見て言った。
「ラーメンでも食べに行こうよ」
思わずがくっと肘から頭が落ちた。
彼女のロマンもまた儚いものだった…。


近くに屋台のラーメン屋があるので、二人で外に出ることにした。
まだそこまで遅い時間ではなかったので、親からの許可も下りた。(嫌な顔はされたけど…)
月明かりの下、二人でラーメン屋を目指して歩く。
遥子が少し前を歩き、私が後に続く。大体、いつもこんな感じ。
「ねぇ」
そして、今みたいに時々振り返って、私がちゃんと付いてきているか確認する。
「私は、月が好きだよ。さつの名前にも入ってるしね」
…不意打ち。
満月よりも満面の笑みで笑う友人に…私は嬉しくて、ちょっとだけ泣きそうになった。


心霊物件です。
やっぱり、値段は安いんですかね?
間取りとかがあんまり好みじゃないなぁ…。
あんな写真があったら、怖くて押入れ開けられないですよね。
何故か不自然に押入れが開けられていて、押入れの中に発行源があるような感じがしますが。
でも、それはそれとして、いたずらだろうとなんだろうと先入観を与えられるとなぁ…。
こういう写真に限らず、映像とかでも撮ったときの状況を自分が撮っていると仮定して見てみると、不自然なアングルだったり、どう考えても意図的に撮っているとしか思えないカメラワークを発見できたりします。
怖がりたい人にはお勧めしませんが、怖いのが苦手だという人は、心霊写真等を見せられたら逆によく観察してみては如何でしょうか。デメリットとしては、不自然さが全く無かったり、科学とか心理的に説明が付かなかった場合の恐怖が倍増することくらいです。