ギィィイイ
扉がゆっくり開く。
ユニーは、生まれて初めて魔術協会に足を踏み入れた。
魔術協会は、その名の通り、魔術を扱うものたちが自分達の利益を守るために発足したものである。
クローベルは、魔術に対してそんなに関心が高くない。
ただ、この街は冒険家が多いので、その冒険家の魔法使いや魔法商に加盟者が多い。
また、街が国から自治を任されているため、協会の力が強くなりやすい。
魔術を街作りの基盤には置いていないが、魔術協会の力自体は強い、そんな街なのだ。
協会の力が強いのは魔術に限ったことではないが…。
逆に、街作りの基盤に魔術が据えられている街もあり、そこは独自の研究で交通機関に魔術を取り入れる研究をしたりしているようだ。
グィンダルのお客からそんな話を聞いたことがある。
そんな訳で、祖父からの紹介状を持って魔術教会を訪ねたのであった。
ユニーは、マジックアイテムの販売をするので魔術協会に加盟する。
さらに商人協会にも加盟する必要がある。
祖父が現在の魔術協会会長と知り合いだったので、こちらが先になったわけだ。
会長から、さらに商人協会宛の紹介状をもらう。こうすることで、会員証の発行が早くなる。
「すみません、紹介状を持ってきました…」
メガネをかけた受付の男性に、ポーチから取り出した手紙を渡す。
男性は何も言わず、宛名を見る。
少し、雰囲気が怖くて、ユニーはドキドキした。
「そちらの階段を上って、一番奥の部屋へどうぞ」
素っ気無く言って、手紙を返してくる。
ユニーはお礼を言って、手紙を受け取った。
受付には、彼以外の人間はいなかった。
指示されたとおりに、受付脇の階段を上る。
踊り場に、ショーケースに杖が飾られている。有名な人の物だろうか?
二階に上がると、廊下の両脇に扉が並んでいる。そして、廊下の一番奥に一際頑丈そうな扉がある。
扉の前まで歩いて、深呼吸をする。ユニーは、すっかり協会の雰囲気に飲まれていた。
緊張しながら、ドアをノックする。
数秒の後、低いしゃがれた声で「どうぞ」と聞こえてきた。
ドアノブを回す。いよいよ魔術協会長との面会が始まった。
「どうぞ! どうぞ!」
「きゃあっ!!?」
ガチャッとドアを開けた瞬間、鳥のようなものが叫びながら飛んできた。
その声は、先ほどドア越しに聞いた声にそっくりだった。
ユニーは思わず、尻餅をついてしまう。
鳥は…金色の烏だった。この魔術協会のシンボルである。
「ペリメス、お客さんにいきなり飛び掛ったら駄目だと言ってるだろう?」
金烏の向こう側から声がした。
椅子から立ち上がる音がして、金烏がその音の主の元に帰る。
尻餅をついていることに気付いたユニーは、慌てて立ち上がろうとした。
そこに、すっと手が差し出される。
「あっ」
「大丈夫かい? お嬢さん」
少し躊躇ったが、ユニーは手を取って起き上がる。
目の前の人物はユニーが想像していたよりも、ずっと若かった。
魔術師の外見は当てにならないが、しゃがれた声だったから、もっと老人かと思っていた。
「緊張はほぐれたかな?」
フェディックはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
その容姿は、30代になるかならないかと言ったところだ。
しかし、祖父がこの街にいたのは40年前だ。魔法で若返っているのかあるいは子供や孫なのか?
とにかく、この年齢不詳の男が、魔術協会会長オルトラズディン・フェディックその人だった。
「君のおじいさんとは、昔から懇意にさせてもらっているよ、…ユニリア君」
フェディックは、紹介状に目を通しながら言う。
ユニーは、部屋の隅にある応接机でフェディックと向き合うように座っている。
それからしばらくは、協会の事務的な説明を受けた。
魔法の取り扱いや会費などの説明が終わると、フェディックは少しため息をついた。
「それで、本来なら紹介された私が、君の店や宿泊施設を手配したいのだが…店舗などは商人協会の領分になってしまう」
商人協会で聞く必要があるそうだ。どちらにしろ、商人協会に行くので問題は無かった。
「さらに、宿泊施設だが…紹介状に自分で探させてくれと書いてある。…つまり、私が出来ることは、許可を出す以外何も無いんだ」
そう言って、フェディックは頭を下げる。
「そっ、そんな…大丈夫です! 祖父を知っている人が近くにいるというだけで、安心できます。いつか、お話を聞かせていただけますか?」
その言葉に、フェディックは笑顔で頷いた。
なんだか、子供みたいな反応をする男だった。
ユニーは会長室を出た。
受付に行けば、商人協会まで魔術協会職員が案内してくれるらしい。
協会長は不思議な人物だったが、ユニーのことをとても気遣ってくれたので、うれしくなった。
階段を下りて受付の前まで行くと、来たときと同じメガネの男が受付に立っていた。
ユニーの姿を確認した男性は、抑揚の無い声でユニーに言う。
「それでは、オルゼットさん。商人協会に行きましょう」
そして、受付から出てきて協会から出て行こうとする。
慌ててユニーは聞いた。
「あ、あの、受付はどうするんですか?」
すると、ユニーに背を向けていた男は、はぁっと小さなため息をついて振り返る。
「そんなことは貴女には関係ないわけですが…。この時間に協会を訪れる人間など滅多におりません。協会長にもこちらを優先するよう言われました。以上です」
言い終わってから、扉を開けた。
その一方的な言動に面食らったユニーは、男に急かされて、ようやく外に出た。
外に出ると、日はすでに傾き始めていた。
街全体をうっすらと赤く照らす。
思っていた以上に面会時間が長引いていたようだ。
前を歩く職員の男は、当たらない最小限の動きで人並みを縫って行く。
ユニーは着いていくのがやっとで、周りをじっくりと見る時間は無かった。
「着きましたよ」
ユニーは、肩で息をしながらも商人協会にたどり着いた。
反対に、男は涼しげな顔をしている。というより、先ほどから表情を一切変えていない。
「それでは、業務の続きがありますので、これで」
そう告げて、さっさと帰ろうとする。
「あっ、まっ、待ってください!」
行くときと同じように、ため息混じりに男は振り返った。
「あの…お名前は?」
ユニーが名前を聞くと、男は初めて少しだけ驚いた顔をした。一瞬で元に戻ったが。
「トロツハインです。それでは」
トロツハインと名乗った男は踵を返して、人並みに消えていった。
なんとなく、それを見送るユニー。
そんなユニーの背に突然、大きな音が襲い掛かった。
ゴーン!ゴーーン!!
ハッとして、音の出所を見る。
街の中央、あの時計台が発生源だった。
力強いその音は、人々に終業の時間を告げるものだった。
もちろん、ユニー以外にその音に驚いたものはいなかった。
「…あっ!」
終業時間ということは、協会も閉まってしまうのではないか?
そう思ったユニーは、慌てて商人協会のドアを開けるのだった。