「…着いた。ここが、クローベル…」
ユニーは、馬車から身を乗り出して感嘆した。
眼下には、クローベルの鮮やかな街並みが広がっている。
馬車を乗り継ぐこと四日。途中で騒動のようなものがあったが、予定より一日遅れでなんとかクローベルに着くことが出来た。
グィンダルを出発してからまだ一週間も経っていないのに、何故かユニーは涙ぐんでしまった。
その涙を、このクローベルの美しい街に感動したからということにして、ユニーは気を取り直した。
泣くのはまだ早い。これからが本番なんだ…。
改めて景色を眺めてみる。
からりと晴れた青空、水平線の彼方まで続いている海。
グィンダルには海が無かったので、見るのは初めてだった。
「綺麗だなぁ…」
ついつい考えていることが漏れてしまう。
街自体もグィンダルに比べてずっと大きい。その中でも一際大きなもの、この街のシンボルである時計台がはっきりと見える。
その時計台を祖父が見たのは、40年前だった。
「この景色をおじいちゃんも見たんだぁ」
祖父の話していた通りの光景が広がっている。少なくとも、時計台はそのままの姿でそこにあった。
興奮しすぎて少し疲れたので、馬車の正面に居直る。乗り継いできた馬車の中でも、今乗っている馬車が一番しっかりとした作りの物だ。
正面には、立派なひげを蓄えた紳士が座っている。
ガタガタガラガラ…
今馬車が走っている、高台のようなところをぐるりと回れば、いよいよクローベルに入ることになる。
はしゃいだら、今度は少し眠くなってきてしまった。
まだ到着までには時間があるはず…馬車の揺れがユニーを眠りへと誘う。
ふわぁっと軽くあくびをして、ユニーは眠りに落ちてしまった。
「…さん、お客さん、もう着きましたよ!」
体を揺すられながら、ユニーは目を覚ました。
目の前に、困った顔をした御者がいる。
「わぁっ!すっ、すみません! ありがとうございます!」
何度か頭を下げながらユニーは馬車を降りた。
降りてから、もう一度頭を下げる。
「あっ、お客さん後ろ!」
「え?」
ユニーが後ろを向くより早く、後頭部に衝撃を受けた。
「きゃあっ!」
「あうっ!?」
同時に声があがる。あまりの痛さにユニーは前かがみになった。
そして、ぶつけたところを両手でさする。
「あいたた…あっ、大丈夫ぅ?」
そう声をかけられたので、辛うじて大丈夫ですと答える。しかし、立ち上がれない。
どうやら、ぶつかった人は女性だったようだ。動けないので、顔を見ることは出来ないが…。
すると、突然背中に上から何かが当たってきた。
ぎゅむっ
さらに、ユニーの正面に手が回ってくる。どうやら、抱きしめられているらしい。
「ごめんねぇ~、私ったらまたやっちゃったぁ」
背中に柔らかいものがずっと当たっている。抱きしめている手にしても、柔らかくて暖かくて嫌な気がしなかった。
それに、甘い香りがする。ユニーの痛みは次第に和らいでいった。
「…その辺にしておかないと、その子立ち上がれないわよ?」
ぶつかってから今まで、一切前を向いていないので気付かなかったが、ぶつかった人には連れがいるようだった。
その人も女性のようだ。
少し呆れた声で、話を続ける。
「それに、そろそろ行かないと…」
「あっ、そうだった!」
ぱっと、柔らかい暖かさと重みが消える。
少し喪失感を覚えるユニー。
「あの、もしもしぃ?」
「はっ、はい!」
呼ばれて、慌てながら立ち上がる。もう痛くは無かった。
ようやく、自分がぶつかった相手を見ることが出来た。
「あの、ごめんなさい、私、前を見てなくて」
まず、ユニーは謝った。すると、相手は驚いたように、
「えっ?! いやぁ、私も見てなかったから、ごめんねぇ~」
と言ってきた。
彼女は、ユニーより少し年上の、落ち着いた(落ち着きすぎた?)雰囲気の女性だった。
茶色い髪がふんわりと腰まで伸びている。
「ふわぁ…すごい美人…」
また、思っていることが口に出てしまった。
それにしても…この人にさっきまで抱きしめられていたとは…。
目線がつい胸の方に言ってしまう。
…自分の倍以上はある。
背中に当たる胸の感触を思い出して、ユニーは赤くなってしまう。
「わわっ、大丈夫? 具合悪い?」
慌てて彼女がユニーの顔を覗き込んでくる。
綺麗な緑色の瞳に吸い込まれてしまいそうだ。
「リーシャ、ちょっとどいて」
そう言って、もう一人がユニーの前に来る。
ユニーと衝突した女性はリーシャと言うらしい。
リーシャの代わりにユニーの前に立った女性は、まじまじとユニーを見る。
大きな三角帽子を被っているので、遠くからではどんな容姿か分からないが、服装はどこからどう見ても魔法使いだった。
彼女はユニーの後頭部の方を見て、次にユニーの顔を覗き込んだ。
リーシャは暖かな雰囲気の女性だったが、彼女は少しクールな感じがした。
「あっ…」
ユニーは驚いて声を上げる。
「ん…? どうしたの?」
「すごい…綺麗な髪の色ですね」
はぁ~っと、ユニーは感嘆する。
彼女の髪は、どこまでも透き通った、高台から見たあの海のような青い髪だった。
一方、女性は突然の賛美に思わず目を丸くする。
そして、くるりと後ろを向いてユニーから離れた。
何か不味いことでも言ってしまったのだろうか?
どうしよう…ユニーが不安になっていると、
「てっ、照れてるのよ」
いきなり真横から声をかけられる。
「うわぁっ!!?」
びっくりして、声がした方向と反対方向に飛びのいた。
「もう、キラちゃんはまた女の子を驚かせてぇ!」
リーシャが半分笑いながら非難する。
キラと呼ばれた女性は、そんなつもりは…と言って謝ってきた。
彼女は、今まで見たことも無いような、艶やかな黒髪で後ろ髪を頭の上で一つに結っている。
さらに、昔一度だけ祖父の店で見たことのある、着物と言う服を着ていて、その上に鎧をつけていた。
物凄く違和感のある服装だった。
「お、驚かせてごめんなさい…ただ、あの子は、エルロージアは髪の毛で褒められたことがあまり無かったから照れてるだけなの」
今もこちらに背中を向けているエルロージアと呼ばれた女性は、そのことについて何も言わなかった。
本当に照れているのだろうか?
「わ、私はキラメキ。あなたにぶつかったのがリーシャ」
よろしくねと言いながら、リーシャは再びユニーの前に来て、両手をつかんで握手をする。
「あの、私はユニリアって言います。出来ればユニーって言ってください。そっちの方が言われ慣れているので」
誰が言い始めたのか覚えていないが、気付いたら皆がユニーと呼んでいた。
「ふ~ん、ユニーちゃんかぁ。かわいい! じゃあ、私もリーシャって呼んで良いよ?」
そう言いながら、リーシャはまだ手を離さない。
「わ、私もキラメキでもキラでも構わない」
その時、ようやくエルロージアがこちらに向き直った。
そして、言う。
「あー、あたしはエルロージア。長いからエルで良いわ。リーシャの不注意は悪かったわね…あなた、もしかしてクローベルは初めて?」
エルロージア…エルは、ユニーの地面に置いてあるトランクを見ながら言った。
ユニーはここまでの経緯を簡単に説明した。
「なるほど…だからか。えぇっと、ユニー。ここは、あなたのいた街では無いからボーっとして歩いたら駄目よ?」
クローベルの街を歩くときには、ちゃんと前を向いていないと危ないらしい。
下手をすると賠償金を払わされるそうだ。
ユニーは、一気に不安になる。
すると、その顔が表に出ていたのだろう。リーシャが優しくユニーの頭をなでた。
「エルちゃんは、脅かしすぎよ? 私なんてしょっちゅうぶつかってるけど、賠償なんてしたことないもの」
はぁっと聞こえるくらい大きなため息がエルから漏れた。それを見て、ユニーはしっかり前を向いて歩こうと決意した。
「それで…ユニーちゃんはこれからどこに行くの?」
ひとしきりユニーの頭を撫でたリーシャが、尋ねてきた。
そうだった、会長にあいさつをするならあまり遅くならない方が良い。
折角なので、ユニーはこの三人に魔術協会の行き方を聞くことにした。
「あぁ…あそこか。あたし達の待ち合わせ場所もあの辺りだったわね」
「そうだね! じゃあ、一緒に行こうユニーちゃんっ!」
正直、道を聞いただけでは迷う可能性があるので、一緒に行くというのは心強かった。
エルが先導して街を歩く。
「ち、違う、そっちじゃないよエル」
「なっ…分かってるわよ」
「もう、エルちゃんは方向音痴だなぁ」
何度か道を間違える。その度に、頬を赤らめるエル。ユニーの印象は最初と大分変わっていた。
三人の会話は、不思議とユニーに安心感を与えた。
格好はばらばらで、傍から見たらとてもこの三人が仲間には見えないだろう。
しかし、ユニーは三人から絆のようなものを確かに感じていた。それが、安心へとつながっているのかもしれない。
「つ、着いたね」
キラが足を止めて行った。
それに、習ってユニーも足を止める。
「魔術協会なんて久しぶりに来たかも~」
リーシャは嬉しそうに協会に駆けていく。
「こら! 別にあたし達に用は無いんだよ? まったく…」
「仲が良いんですね」
そう言われると、エルは苦笑しながら言う。
「まぁ、ね。危なっかしくてほっとけないのよ。…それよりも、ここがクローベルの魔術協会よ」
そう言われて建物の上を見る、魔術協会のシンボルである金烏のマークが輝いていた。
「それじゃあ、私達は行くわね」
「えぇ~、もう?」
リーシャが不満の声をあげる。
「そ、そろそろ行かないと、待たせてるし…」
キラがリーシャを宥める。リーシャは表情がころころ変わる。
ユニーは、改めて三人にお礼を言った。そして、謝った。
待ち合わせに遅れた原因は自分にある…。
「ううん、気にしないで。そもそもリーシャの所為なんだから」
エルに名指しされたリーシャは、顔を膨らませる。
「そんなこと無いよぉ! 必要な物だもん!」
そう言ったリーシャの顔が今度はぱっと明るくなった。
「あっ、そうだ…ユニーちゃんちょっと待ってね」
そう言うと、肩に下げているポシェットをごそごそと探るリーシャ。
言われた通りにユニーが待っていると、カリカリと音がした後、名刺のようなものを渡された。
「あのっ、何ですか? これ」
「うん、名刺だよ!」
そのまま名刺だった。書かれている文字を読んでみる。
『三匹の小鹿(リッシェ プッチエ) 冒険絶賛請負中!』
ユニーは、名刺と三人を交互に見る。
不思議な組合せの彼女達は冒険家だったのだ。
「その名刺を作っていて遅くなったのよね…」
確かに、渡された名刺はとても綺麗だった。
「まぁ、ユニーちゃんはもう友達だから、遊びに来てねっ!」
そして、手を振りながら、三人は去っていった。
途中で、リーシャが前の人にぶつかりそうになる。
寸での所でキラが彼女のすそを引っ張って回避できた。
もう一度名刺を見ると、裏に走り書きがあった。
「これは…住所かなぁ?」
そういえば、帰り際に遊びに来てと言っていた。
ポーチを開けて、無くならない様にしっかり保管しておく。
「…よしっ!」
そう言って、ほっぺたを軽く叩く。いよいよ、クローベルでの第一歩だ。
気合を入れて、ユニーは魔術協会のドアを押し開けた。