2011年3月11日、東日本大震災当日の夜
TVやラジオなどで
「仙台市若林区荒浜で200~300人の遺体がうちあげられた」
という衝撃的なニュースが何度も流れたのを覚えてるでしょうか。
(私は避難所にいたのであとで知りましたが)
その荒浜にあった荒浜小学校が
今年の4月に震災遺構として一般公開されて
先日見学にいってきました。
荒浜小学校には当時
生徒や地域住民320人が屋上に避難したそうです。
(小学校のパネル写真より)
校庭に残ってた人や車を乗り捨てて逃げた人たちは
濁流にのまれ犠牲となってしまいました。
<荒浜小学校の救助の記録>
17時30分頃
屋上からヘリコプターによる救助開始(一度に数人ずつ)
最初は未就学児とそのお母さん、次に小学生、中学生、高校生、大人の順番で
真っ暗な中、一人一人吊り上げられ夜を徹しての救助活動。
すぐに救助してもらうため小学生を屋上の入口から4階の廊下に一列に並ばせ
ハンドマイクで「先生が救助された先にいくまで低学年を見ててください」と
高学年にお願いしたが返事が返ってこなかったので
もう一度大きな声で「わかりましたか」と言うと全員から「はい」という返事があった。
この声を聞き「この子たちを何とかして助けたい」と思ったそうです。
そして翌日5時頃、小学6年生まで救助終了したということです。
翌日5時以降
中学生、高校生の救助開始。その後ヘリが来なくなってしまう。
12時ごろ
消防団が歩いて救助にくる。
13~14時ごろ
ひざや腰まで水につかりながら50名ほどが歩いて避難。
ヘリではペットが避難できなかったため、ペット同伴の人も歩いて避難。
午後
水が引いたため地上からヘリで救助開始。
着陸場所まで歩き、夕方には避難先で児童71人全員の無事を確認。
閉校記念碑
ここまで(2階)津波がきたそうです
3階まで爪痕が…
この2階のベランダを中から見た景色がこちら。
奥にポツポツと残る防風林の向こうが海です。
<1階>
保健室前
1年1組の教室
<2階>
「ベランダの柵を越え、押し寄せてきた瓦礫」
↑写真右の壁には今も生々しい津波の跡が残ってます。
<3階>
3階~4階にあがる階段のおどり場にあった当時の掲示板
<4階>
2011年3月の掲示板
避難時に使用されたもの
震災前の荒浜地区の手作りジオラマ
震災後に生徒たちが作った荒浜の未来図
分刻みの時系列で、当時の写真などが展示されてました。
15時02分(仙台市消防ヘリコプターより)
「荒浜、町、すべて冠水です。すべて家が流されてる状態。町全体が流されています」
この奥には大きなスクリーンがあり
職員さん、地域の方のインタビューなどが流れてました。
この日はTVの取材がきてました。
<屋上>
内陸側
海岸側
内陸側をズーム
仙台の中心部(方向的にこのあたり)と
仙台大観音も遠くに見えました。
見学者用のエレベーターもあります。
二宮金次郎像
台座ごと流されて震災8ヵ月後に離れた場所で発見されたそうです。
公開されてるのは校舎の一部のみで
他は立ち入り禁止になってました。
荒浜小学校の近くは何度か通ってますが
ゆっくり足を止めたのは今回が初めて。
このあたりは今もまだ住宅の基礎があちこち残ってたり
かさ上げ工事がほんの少~しずつ進んでたり
他の地域に比べると復興どころか復旧すら
まだまだ長い道のりのような気がします。
な~んもありません。
沿岸部はどこもまだまだ復旧されてないので
震災前は県内に30ヶ所近くあった海水浴場は
今年になってもまだ8ヶ所しか海開きの予定がないそうです。
(それでも増えたほうかと)
だんだん風化されつつありますが
美味しいもの食べに、楽しい場所へ観光に
東北のいろんなところに足を運んでみてほしいと思います。
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だからというわけでもないですが
先日おとしゃんが突然「松島いこう!」と言い出したので
遊びにいってきました。
目的は瑞巌寺。
こっちゃんが「お~しゃかじょ~(大阪城)行きたい!」って言ってたらしく
ならば松島の仏殿に、ということでした。
それこそ小さい頃から何十回と来てる松島ですが
瑞巌寺に入るのは初めてだったおかしゃん。
良い天気でした!
こっちゃんのポーズ
教えたわけでもないのにモデル風(笑)
この日ハート型の石を2つも見つけました!
こっちゃん持って返ろうとしたけど
お寺にあったのでなんとなくバチがあたりそうで置いてきました(;^ω^A
最近は不運続きだったので良いことあるといいなぁ♪
































