2011年は未曾有の災害、東日本大震災の起きた年です。

 

それが転機となり、定年まで1年2ヶ月残して、同年7月早期退職しました。

 

仕事柄就業規則の倫理規定により、災害時であっても職場に駆けつける義務がありました。

 

自宅に沢山の猫を残してそれが出来るだろうか?

と現実的に考えた場合

それは無理だ

と思いました。

 

その後に我が家に起こる事を考えると、早期退職は正解でした。

 

写真を見て、あひるのガァタンがいた5ヶ月の間に犬が入れ替わっていた事に気づきました。

 

この時はロンがいたのに…
 

ゴンと入れ替わってるびっくり

 

ガァタンも戸惑った事でしょう。

でも大好きなチョコはいたから

「まぁ、いいか…」と思ったかな?

 

日々の出来事が目まぐるしく過ぎて、いつ何が起こったのか?

頭の中が混乱しています。

 

ガァタンに始まる一連の記事は、それらの出来事を整理しながら書き進めています。

 

Yさんからの電話は、災害の起こる1ヵ月前の事でした。

 

ゴンの事なんだけどね。

今まで散歩に連れて行ってくれていた隣の親父さんが、何故か連れて行かなくなったの。

それで、散歩の時間になるとゴンが騒いで、

それを「うるさい!」

って怒るものだから、仕方なく

鳴き止むまで出られないように、ハウスの入り口を板で塞いでるの…と。

 


この話しには唖然としました。

 

Yさんが家を建てた頃、住んでいたのは向かいの老夫婦だけでしたが、その頃になると周りにも家や別荘が立ち始めていました。

 

隣りに移住して来た60代位のご夫婦がゴンを散歩に連れて行くようになった

と聞き、ほっとしていました。

 

若いゴンの散歩はYさんには無理です。

以前、Y家に行った時、散歩に連れて行ったら、引っ張られて転び、リードを放してしまいました。

幸い、ゴンは後から戻ってきましたが、私は肋骨にヒビが入っていましたえーん

 

その頃は、Y家の周りにいた犬たちは次々と天寿を全うし、老犬白が玄関に入れてもらっていました。

あとは室内飼いのロクとラムだけです。

 

その話を聞いて、なんて酷い事をするのだろう!

と隣人に腹が立ちましたムキー

 

Yさんに対して何か思うところがあったとしても

いつも楽しみにしていた散歩が急に無くなった理由などゴンには関係のない事です。

 

ゴンをハウスに閉じ込める

というYさんの行為にも驚きましたが、

仕方ないかな

と思いましたショボーン

 

その頃になるとYさんは問題解決能力が衰えて、根本的な解決方法を思い付かなくなっていました。

そのため、「取り敢えず、出来る事」をやってしまうのです。

 

ガァタンをケージに閉じ込めたのもそうです。

 

ガァタンは抵抗しなかったかも知れませんが、ゴンはそうはいきません。流石にYさんも困って私に話したものと思われます。

 

その時のYさんは

ゴンをを連れて行って欲しいとは言いませんでした。

 

ただ、どうしていいのか、分からなかったのだと思います。

 

解決方法は1つしかない

と思いました。

 

ゴンは若い犬です。

Yさんより先に亡くなるとは思えません。

 

最近犬を亡くして、散歩担当だったご主人が外に出なくなった

とこぼしていた知人に声を掛けてみました。

 

愛護活動に理解のある方だったので、ゴンの境遇に同情し、どちらかを飼ってくれる事になりました。

ゴンは当時5才位

体重 18.6kg

力の強い♂です。

 

Yさんから渡されたメモ

 

対するロンは既にシニアに差し掛かった去勢すみの♂で、身体もゴンに比べて小さめです。来た頃に比べるとかなり落ち着いてきていました。

 

私としては、6年間共に過ごしたロンを手放したくはありませんでしたが、気性を把握していないゴンを渡して、心配するよりはましでした。

Xさんもロンを希望しました。

 

何よりも、Yさんはゴンを人手に渡すことは承知しなかったのです。

私の処にいれば、電話で時々様子が聞けるし、もしかしたらまた一緒に暮らせるかもしれない

とさえ考えていたようです。

 

3月2日、ロンはX家に引き取られて行きました。 

 

迎える準備が整ったところで、ケージを積んで夫とY家に向かいました。

 

しかし、いざケージに移そうとすると、凄い力で抵抗し挙げ句、首輪をすり抜けて逃げてしまいました。

犬のボランティアなら、こんな失敗はしないでしょうが、私は猫のボランティアで、犬の扱いには慣れていません。

完全なる失敗です。

 

幸い、ゴンはその後戻って来たそうです。

 

その日は引き上げることにして、作戦を練り直しました。

 

日を置かず次の休日3月8日、私たちが着く前に今度はゴンの入っているハウスの入り口を塞いで開かないように、準備しておいて貰いました。

 

いつもされている事なので、特別警戒はしなかったようです。

 

到着した夫と私は、大きな石で重しをされているハウスを前に、

計画通り、空気の通り道を作りつつ、蓋をしたままハウスの周りをロープでグルグル巻きにし

次にハウスごと車に乗せました。

 

相当手荒なやり方ですが、それ以外の方法は考え付きませんでした。

 

そのまま向かったのは、掛かり付け医のひとつ、保護活動に理解のある有名なY先生のいるY獣医科病院です。

 

去勢手術、フィラリア検査、ワクチン、狂犬病ワクチン

等を一気にやって貰うためです。

 

一旦連れて帰ったら、もう一度車に乗せるのは無理だと思いました。

 

Y家から電話をして、事前に状況は説明してあります。

こんな緊急時にも対応してくださるので本当に助かります。

 

ゴンが車に乗ったのは恐らくこの時が初めてでしょう。

 

ゴンは嫌な事をされない限りは、おとなしめの犬ですが、車に乗せようとすると狂ったように暴れて噛もうとしました。

 

この日の体験がトラウマになったのかもしれませんが、他に方法を思い付かなかったのです。

 

許して! ゴン。

 

車酔いも酷かったです。

ゲーゲー

吐いて可哀想でしたが、車の中で自由にすると、どうなるか分からないので、そのままY動物病院に向かって走り続けました。

 

到着すると待機していた院長に直ぐに麻酔をかけられ、去勢手術及び検査、ワクチン等の処置がスピーディーに行われました。

幸いフィラリアはマイナスでした。

 

その後、まだ麻酔の覚めないまま

今度こそ我が家へと向かったのです。

怒涛の1日でした。

 

そして、その3日後に東日本大震災が起こりました

 
去勢手術後のゴン
 
ロンのハウスに住み替え
 
庭で放し飼い

 


夫と散歩

 

ゴンはその後12年間、我が家で共に過ごすことになります。

 

ゴンがいなくなった後、Yさんは「ここにいた犬はどうしたのか?

と何人かの人に尋ねられたそうです。

気に掛けてくれていた方はいたのですね。

「貰われて、幸せに暮らしている」

と、答えたそうです。

 

一方のロンですが、その半年後には再びX家から我が家に戻る事になったのです。

  

 続く