行政との協働事業は、2012年に提案が採択され、(
月いちで話し合いが持たれる事になりました。
もう10年以上も前の事なので、詳細は忘れましたが、毎回荒れた
事だけは記憶に残っています。
会議のメンバーは、
団体(ボランティア)からは4名、行政(生活衛生課)2名、
第三者的な立場としては、
合計8名で構成されました。
殆どは団体と行政が口角泡を飛ばして議論し、
実現するとこんな利益がある…
とボランティアが提案すると、
こんな理由で実現できない。
と職員が反論してきます。
例えば、のら猫を減らす為には、
積極的にTNR(
を推進すべきだ。
と主張すると、
仕掛けた捕獲器に飼い猫が入ったらどうする。
市民が納得しているかどうか、分からない事に税金は使えない。
と反論します。
一事が万事、こんな調子でした。
行政が盾にするのは、市民、公平性、税金です。
当時、猫に対する苦情はたくさんきていたのですが、
と思うのか、当時の行政は変革を嫌い、事なかれ主義でした。
職員の個人的な意見となるとまた違ったものもあるかと思いますが
立場上それを言うことは禁じられていることは理解できます。
今回は上の方から何を指示されてくるんだろう?
と思うと、毎回のディベート(討論)はワクワクしました。
結構楽しかった体験です。
一年後の判定の結果は合格でした。
私たちはパートナーになったのです。
「人と動物が共存できる街づくり」のために、
いくら仕事だったとは言え、先日までいがみあっていた相手と
急に手の平返したように、仲良くなるのはお互い気まずいですからね。
早速具体策が練られ、
そうなると、市職員は手腕を発揮します。
「協働事業」の名入りの捕獲器が用意され、
捕獲器は直ぐに足らなくなり、毎年買い足す事になりました。
「猫の相談会」が月2回
譲渡会が月1回
主に相談会で受けた猫が対象となります。
視野を広げるために、
2年掛かりで5~6ヵ所訪れ、
自治体が力を入れているのはTNRと地域猫活動が多かったです。
当然、地元のボランティアと協働しています。
ディベート中、行政は「他の自治体もやっていない」と、
先進自治体も殆どはまだ発展途上にありましたが、
市民やボランティア向けのセミナーも開きました。
平行して、地域猫活動の取り組みも進められました。
地域猫活動とは、
猫が地域で安心して暮らせると同時に、
自治会の承認が必須です。
キーワードは「環境問題」です。
「愛護」
但し、感情的な猫嫌いな人も一定数いて、
猫嫌いでも冷静な人は話せば解ります。
手術助成金は飼い猫には使えなくなりました。
のら猫に限り、
8000円
5000円に引き上げられ、
この制度を使うには事前にサポーター登録をする必要があります。
(=手術サポーター)
当初、計上された予算が、一番使いたい繁殖期の前に使いきってしまう
という問題がありましたが、
「殺す」から「繁殖制限する」
市の名前入りのパンフレットには
このように明記されました。
命あるものは排除できない。
非難だけでは猫の問題は解決しません。
元はと言えば、人間に捨てられた猫たち。
猫も命あるものという考えの下に、地域の人達と話し合い、
「命あるものは排除できない」
素敵な言葉です。
何度でも言いたくなります。
最早、「猫に餌をやるな」
とは言われなくなりました。
捕獲器貸し出しの条件として、「
と、書類に明記されています。
月2回の相談会は主に手術や譲渡の相談でした。
猫が増えすぎて、自分ではどうしていいか分からない
という方が多く、
市への通報は案外問題解決の糸口になるのです。
高齢者やお金を出せない
という低所得者の方も多かったです。
中には民生委員に付き添われたり、
時には、地域支援課(人)と協働事業(猫)
人と猫は密接に結び付いています。
とかく、管轄外の課には口出ししない
という縦割りの行政機関が、互いに協力し合って、
こともよくありました。
相談会と譲渡会の記録は市が管理して情報共有し、必要に応じてアフターフォローします。
市内の情報が一ヶ所に集まる事で
司令塔の役割が果たせました。
2013年にスタートした協働事業は、その後委託事業を経て「
今年は13年目になります。
とは言え、私が関わった10年間、
私たちと職員との間には立場上の違い
というものがあります。視点も違います。
役割分担があって、手足となって動くのは主にボランティアです。
そのボランティアは、圧倒的にマンパワーが不足していました。
合併により人口も増え、広くなった市内のあちこちを4人で駆け回りました。
相談会はスタートラインです。
それから現地調査をして、捕獲や保護が始まります。
そこには必ずと言って良いほど子猫がいました。
その子達をそのままにしておく事はできません。
私がこれまで保護した何百匹もの猫の中には、
多頭飼育崩壊の現場にも足を運びました。
望んだ事とは言え負担が重すぎて、
職員は課の方針に従っているのであって、
と分かっていても、言わずにいられませんでした。
課題をはらみつつ、
それでも事業は頓挫する事なく継続していきました。
市民にとって、無くてはならない存在になっていったのです。
事業の主体が団体から行政に変わった6年目頃から変化が見え始め
行政も積極的に事業に関わるボランティア(=相談サポーター)
譲渡会の会場も屋外テントからエアコンの完備した屋内に変わりま
毎回の相談会は盛況?で、予約制となりました。
譲渡会は初めの頃は市民に認知されず、
今では年間かなりの数の猫たちが新しい家族の元に巣立って行きま
相談会に来る方も以前は
「何もかもお任せ」タイプが多かったのに対して、
と積極的にやり方を聞いてくる方が増えてきたそうです。
事業が始まって7年で、猫の路上死体の回収は半減しました。
発足から10年過ぎて、やっと成果が出てきたのかもしれません。
継続は力なりです。
とは言え、続けなければ元の木阿弥です。今年は子猫が多く産まれているようです。
事業の発展は、各自治体が「犬猫の殺処分の減少或いはゼロ」
行政は横並びを好みます。
当市には事業の提案者となった、大規模な愛護団体が存在し、
という利点があります。
これ程恵まれた条件が有りながら、行政が自ら動こうとず、
今では不思議に思えます。
あの頃の事を振り返ると様々な感情が溢れてきて、
改めてこの事業に参加できた事を嬉しく思います。
事業が10年に差し掛かる頃、相談会への参加も減らして、
半年前の2月16日
○○の会の代表で、共に事業を担ってきた※さんから、
早いもので2月も半ばになってしまいましたね〜
その後骨折の方は如何ですか…
2月15日の
広報☆☆☆市の巻頭ですが…嬉しくなってラインしまいました。
ようやく☆☆☆市もこんな時代になったんだな…って
改めて思っています。
選ばれる街
として
この「人と猫との共生事業」を掲載した様です。
かたばみさん…本当に長かったけど…嬉しいですね〜
ついつい皆んなにラインをしているところです。
(地域に根ざした愛護団体○○の会は役割を終えて、











