自分に寄り添うということ | 目覚めたら、「心豊かな日々」でした。

自分に寄り添うということ

昨日書いた「自分に寄り添う」の続きになるかもしれません。



じゃあ、自分に寄り添うってどういうこと?


というと、いろんな自分を

「そうなんだね」と認めて一緒にいる感じです。



何かの出来事の中で

自分の感情が振れた時を考えてみてください。


例えば、嬉しい出来事や、楽しいと感じる状況にいる時、

「嬉し~」とか「楽し~」とか、

めいっぱい、その感情に浸りきったりしませんか?


悔しいとか悲しいと感じる出来事があった時、

相手を攻撃したくなったり、

自分を守りたくなったり、

自分を否定したくなったりしませんか?


この場合、自分に寄り添うのはちょっと難しい。


なぜなら、感情を感じている自分と自分が一緒だから。


は?


と思われるかもしれません・・・


(最近とても痛感しているのですが、

内にあるものを言語化する能力が

追いつかないというか、足りないというか・・・。)



つまり、寄り添うためには、それなりの距離が必要になるわけです。


でも、私たちはたいてい、

感情を感じると、感情と自己がくっついて

気が付いたら巻き込まれてたりします。


だから、そこが密接すぎて距離がない。


感情に巻き込まれていると、

冷静になろうとしてもちょっと難しかったりしますよね。


例えば、イライラを我慢してその状況に身を置いていても、

反発心がやってきて客観的になりづらくなる。


感情が出来事を捻じ曲げて自分の中に入ってくる。

その情報によって、さらに違った感情が湧きあがってくる。


つまり、密接すぎると自分も起きている出来事も

判断とかしないで観ることが難しくなるんです。



でも、自分という主体と感情に少し距離があったら、


こういう出来事が起きている。

その中で、私はこれに反応してこういう感情を持ったんだね。


と、冷静に状況を観ている主体が

「そうなんだね」と自分に寄り添うことができる。


それは、「正しいよ」とか「間違っているよ」とかいう認めるではなく、

ただ寄り添うことで自分という存在を認めること。



私たちは、状況状況によって、

自分で自分を肯定しようとしたり、否定しようとする。


それによって望まない状態になってしまったり、

苦しくなってしまったりする。


だから、少し距離を持って

そうなっている自分と寄り添ってみてください。


今までと違った世界が拓くかもしれません。