この指とまれ 呼吸法の話 健康の話 東日本大震災 尺八 大橋俊庸    -3ページ目

この指とまれ 呼吸法の話 健康の話 東日本大震災 尺八 大橋俊庸   

昼の星は目に見えない・命そこに宿る想いや心や魂も目に見えない・尺八の音色を楽譜に表すことは出来ない・そんな見えないものを大切にしてみよう

人間のおごり


大きな象も、中くらいの人間も、小さなネズミも


哺乳類が一生に打つ心臓の脈拍は


皆15億回になるそうである。


でも象の寿命は70年ネズミの寿命は2~3年である。


大きな象の体内時計はゆっくりと時を刻み、


小さなネズミの体内時計はその何十倍の早さで


時を刻んでいることになる。


100万年前の人類は恐ろしいほど短命


であっただろうと想像出来る。


だとすると現在の人間のように何十年も


老化で悩まされることはなかったであろう。


もしかすると老化という概念すら


なかったかも知れない。


死は生きている過程での単なる事故だ


と捉えていた可能性だってありうる。


ヒトゲノム計画以前は人間の遺伝子は


10万個と予想されていた。


しかし解析終了時点では約2万3000個と判明した。


血管や心臓や膵臓など臓器の無い線虫の遺伝子は


1万9000千個あるという。


だとすると人間の遺伝子は


線虫の約1.2倍しか無いことになる。


この様に高度な人間の遺伝子が線虫の遺伝子の


2倍にも満たないなんて


そんな馬鹿なとも思えてしまう。


でも案外、線虫も100万年前の人間も


現代を生きる人間もさして変わらない


どっこいどっこいの所で生きているのであろう。



いや人間に限ってそうではない・・と言うのは・・


単なる人間のおごりではなかろうか。

3・11大震災の日の自然界の不思議


3・11大震災の当日私達夫婦は大地震の


1時間前に津波で全滅した浜の近くの集落にある


300坪の家庭菜園の畑に応援の


友人夫婦と4人で立っていた。


そしてその時、今まで六十七年の人生で


経験をしたことのない、おびただしい数の


白鳥が遠くの畑から飛び上がり、


やがて天空で合流すると編隊を立て直して


シベリアの方角に飛んで行くのを目にした。


妻は3日程前にNHKのテレビで放映していた、


コウモリが大群で舞い上がる時竜の様に


渦を巻いて飛び立ち天敵を欺くと言う話を


想い出して話をしだした。


私達は今日の作業は取り敢えず切り上げにして


早く家に帰ることとした。


その折しも集落の友人が私達の畑を訪れ、


自分達の畑でいま収穫したばかりの、


チジミほうれん草をこれから手入れして市場に出すのだと


話ながら沢山のほうれん草を分けてくれた。 


それから20分程いま見たばかりの白鳥の話を


妻と車の中で話ながら我が家に辿り着いた


そして茶の間に入った瞬間、突然ゴーと云う


地鳴りと共にガツンガツンと言う振動に


家が歪み始めた。


私は我が家と共に玉砕を覚悟した。


この世の終わりかと思った。


それ程の揺れであった。  


私は妻を両手で抱きかかえながら我が家の


家中に張りめぐしてある障害者用の手摺りにしがみついた。


振動はこれでもかこれでもかと4回ほど


引くかに見えては、


また強い波を伴って押し寄せてきた。


3分30秒という時間はとてつもなく長い時間におもえた。


やがて揺れが収まり呆然として空を眺めると、


今日は寒い日ではあったが、


とても澄み渡った良い天気であったその空が、


一転にわかに掻き曇り、ゴロゴロと閃光を発しながら


真っ暗になってしまった。


すると空からはあたかも音を立てる勢いで


雪が降り出した。


後で考えるとこの時私の畑と畑のある集落を


津波が何度も襲撃していたのである。


それから当分の間不自由なライフラインの中で、


我が家のローソクの食卓にその日に貰った


ほうれん草が貴重な野菜として並ぶことになった。


空港に勤める知人の話によると私達夫婦が


畑で白鳥と出会っていた時間に空港では


かつて見た事もない、


おびただしい数のカラスが舞い上って、


鳴いていたそうである。


また知人のお寺では寺に代々伝わる


地震になったら必ず庭の井土を見よ・・・


の言い伝え通り井土を見たら井土から


全く水が消えていたので皆で高台に非難して助かった。


そんな自然界の不思議現象は


まだまだゴロゴロとある。

不自由の中に自在の自由と楽しみを見つける



完成のないものは何も音楽だけではない。


学問も芸術もスポーツもみんな


円満な成就というゴールはない。

「それが良いんだ完成した」  と思ったら進歩がない 


「死ぬまで求道」  こそが素晴らしいのだ。


たいていの人はそう言うに違いない。


だが少し落ち着いて考えれば 


「死ぬまで求道が素晴らしい」   とは 

100パーセント求まらぬ物を


死ぬまで求め続ける礼賛でありナンセンスとすぐに解る。

求まらなくとも良い、死ぬまで向上、


求める過程が素晴らしいのだと言い張る人も

いるであろうがそれは一時的な充実ですぐに色あせる。

人間に産まれて良かったという生命の歓喜とは


異質なもので、真の人生の目的達成の喜びを知っている人とは言えない。



精神科医の明橋大二先生・哲学者の


伊藤健太郎先生の共著になる


何故生きる


という本のなかで 不自由の中に自在の自由を


満喫する浄土真宗の親鸞聖人が説く 


      無碍の一道


として明快にこの様に解いている。


人里離れた山に住む少年は山ひとつ越えた


学校へひとりで通学しなければならなかった。


課外活動で遅くなった帰り道などはドキッとするような


寂しい山道があったりもする。

夏はジリジリ照りつける太陽に焼かれ、


冬は容赦なくたたきつける吹雪にしゃがみ込む事もあった。

雨が降るとたちまち坂道が滝となってしまう。


「ああ学校がもっと近ければ・・・この山さえなかったら・・・」


何時も山と道が恨めしかった。 


やがて学校に美しい少女が転校してきた。

なんと彼女は自分と同じ村ではないか。


いらいしばしば一緒に通学し遠い学校の事、


遠い山道のことなども語り合う親しい仲になっていった。

ある日学校を出て暫くするとにわか雨におそわれた。


なかなかやみそうにもない。


傘は少女の一本だけ思いがけず相合い傘になった


少年は村に着くまで密かに願った。

雨が止まないように、山がもっと寂しければ、


村がもっ遠ければいい。


苦しめる物とあんなに恨んでいた道の遠さも、


山の険しさも何も変わっていないのに。

しかし今は少しも苦にならない

    

     さわり 


がかえって楽しみになっているのだ。

でもこんなことは誰でにも一時的にしろ


身に覚えのあることではなかろうか。


今 あなたのいる そこに 幸せは・・・いる。