この指とまれ 呼吸法の話 健康の話 東日本大震災 尺八 大橋俊庸    -2ページ目

この指とまれ 呼吸法の話 健康の話 東日本大震災 尺八 大橋俊庸   

昼の星は目に見えない・命そこに宿る想いや心や魂も目に見えない・尺八の音色を楽譜に表すことは出来ない・そんな見えないものを大切にしてみよう

仙台市近郊の津波伝説



仙台市近郊には数多くの津波伝説が残っています。 


しかし伝説により先人が後世に


伝えたかったことがらも時代の流れと共に風化し


実効的な開発だけが推し進められて来ました。


その結果として今回この様な大きな被害を


引き起こしてしまったことは非常に残念であります。


だから今度こそ同じ過ちを二度と


起こさない為にも先人達が残した教訓を


改めて知り、


今を生きる私達が次の世代に


それを引き継いでいかなければならないと考えます。
   

浪分け不動と浪分け神社の伝説


仙台の海岸線から西の内陸部へ直線にて


約5キロメートルの所にこの神社はあります。


神社側の陸上自衛隊霞ノ目駐屯地の脇には


江戸時代の名横綱谷風の墓があります。


この辺りは海抜5mとなっています。


今回この地は仙台東部道路があった為に


津波被害は幸いに免れましたが


この道路が無ければ確実に津波は此処まで来ました。  


禄五年たび重なる大地震に


年号を慶長と改元されたがその後も


大地震は立て続けにおきた。


伊達政宗公が遣欧使節を


スペインやバチカン国に送ったその年代の


慶長津波は井土浦川・七郷堀を駆け上がり


この辺一帯に押し寄せ此処で


浪が二つに分かれたと伝えられています。


この社には浪分け不動尊が


ご本尊として祀られ浪分け神社と言われています。

     


浪切不動堂の伝説


仙台市宮城野区榴ヶ岡天神下にあり


不動明王を祀っています。


慶長津波は梅田川を上ってきたと思われます。


その時代の梅田川は七北田川と合流し


多賀城を流れ蒲生から現在の仙台港が


河口であると言われています。


浪切は慶長津波が梅田川を駆け上がってきた


最終地点即ち津波の浪切に由来しています。


浪分け不動も浪切不動も、


この地で津波を入れないという


最終地点であり津波という魔物を怒りの形相でこ


の地で縄をかけ、捕縛し剣で切り捨ててしまい


津波という魔物を息絶えさせてしまう


佛様であります。

    


蛸薬師堂と薬師如来の伝説


蛸薬師堂は仙台市太白区長町三丁目に


祀られている神社で薬師如来を観音様


と呼んでご本尊としています。


慶長津波の時この薬師如来に蛸がついて


流されてきたということです。


元来薬師如来は人々の病を治し


災難を取り除いてくれるのであり、


ここでは津波という病魔に冒された


この地を再びこの様な災害のないように


観音様(薬師如来)にその願いを託して


祀っているのです。


知人の飯沼勇義さんは歴史学者で


平成六年に仙台平野の歴史津波という本を


歴史学者としての立場から出版して居ります。


そして


その 著書の仙台平野の歴史津波


の中で一千年前の貞観津波と江戸時代の


慶長津波の類似性と今回の3・11大地震のことを


歴史学者の立場から解析して


間もなく大地震が来ると指摘し


同時に当時の藤井仙台市長と浅野県知事に


陳情書を出していましたが


残念ながら全てが平成六年に


その著書で指摘した通りになってしまいました。


私達は自然に逆らって生きるのではなく、


自然や歴史が語ることを謙虚に学び


後生に時代を繋げていく


責任があるのであろうと考えて居ります。

カナダバンクーバーの女性映画監督リンダさんと

インターネットでお話ししたこと      


1945年敗戦GHQにより日本の武道は禁止された。


やがて大和魂を抜かれたスポーツとして


それは返還された。


かつて日本には呼吸の文化があった。


能・狂言・舞・書道・長唄・座禅・尺八・浪曲


香具師の啖呵買・挙げたら枚挙に暇がない。


でも大切な精神文化や呼吸の文化を


今は殆ど見ることが出来なくなってしまった。


そう言えば最近渡り鳥のツバメの姿を


殆ど見ることが出来なくなってしまった。



だがしかし3・11大震災の後に食料や


生活物資を求める長い行列は出来たが、


誰一人としてその列を乱す人はなかった。


大分少なくなってはきたけどまだ日本には


呼吸の文化が残っている。


そう感じた。


だからこれから私達はその残された貴重な種を


大事に育てていかなければならない。


そして古くて新しい日本を


再構築して行かなければならない。



宇宙誕生から悠久の時を経て


今ここに自分の命が存在している。


その奇跡と不思議。


その日本の命の種を


我々は絶やしてはいけない。

ある日あるところでキュウリの感動的な話


野菜というのはいろいろな姿を見せてくれます。


たとえばキュウリもそうです。

キュウリは皆さんの心を見抜くような


行動をすることがあります。

キュウリというのは何か私達を


見ているような感じがします。


試しに早朝キュウリの前に立ってみて下さい。


ただし、これは皆で一緒にやらず、

一人でやってみてください。


それはすごく感情を害することに


なるかも知れないからです。


キュウリには網にからみつくための


巻きひげがあります。

その巻きひげの前に指を一本出して見てください。

]

ひげにからまる人とからまない人がいます。


5、6歳の子供がやると、全員指にからまります。


ところが大人の人がやると、


からまない人が出てきます。

まるでキュウリに 『この人は欲が深い人だ』とか


『この人はやさし人だ』と


判定されているかのようです。

だから決して二人以上ではやらず、


一人でこっそりやってください。


前にこういうことがありました。


ある人が何度やってもキュウリのひげが、


からまないことに怒りだしキュウリを全部


抜いてしまったのです。


彼はキュウリの生産者でした。


栽培面積が大きいため、植えるのは別の人で、


彼は取り入れや市場に運ぶのが

主な仕事でした。


ところが奥さんがやるとからまりました。

でも本人がやるとからまない。


三回も四回も挑戦しても結果は同じでした。

今度はご主人がキュウリを植えました。


すると自分で植えたキュウリだけ全部


からまりました。


まるでキュウリに目があるようです。


栽培する人をキュウリはよく見ていたのです。



また、指にからまるキュウリは曲がった


形にならず全部真っ直ぐになります。


そして肥料を施すとからまりません。


肥料を施すと何か性格が狂うようです。

皆さんもキュウリを一本植えてみてください。


そしてだれもいない時、こっそり


指を出してみてください。

いままでの自分の何かが反省できるかもしれません。


これはリンゴを無農薬・無肥料で育てている


青森県の木村秋則さんの


「リンゴが教えてくれたこと」


の本に書いてある実話です。


是非皆さまも読んでみて下さい。


さて江戸時代の虚無僧は禅宗の一派で


普化宗(明治四年廃宗令)の僧侶でした。


この僧侶が托鉢に出かける時に


虚無僧のいでたちをしたのです。


この宗派はお経として

尺八を吹禅したのであります。


これから吹禅する勢州伝 『手向』 の曲は


昨年の3.11大震災以来多くの避難所や


仮設住宅にて献笛してきたものであります。