この指とまれ 呼吸法の話 健康の話 東日本大震災 尺八 大橋俊庸    -17ページ目

この指とまれ 呼吸法の話 健康の話 東日本大震災 尺八 大橋俊庸   

昼の星は目に見えない・命そこに宿る想いや心や魂も目に見えない・尺八の音色を楽譜に表すことは出来ない・そんな見えないものを大切にしてみよう

呼吸の重大さ


人間が産まれて初めてする息は


 「オギャー」 


と言って息を吐いて産まれてきます。


そして最後は 「息を引き取る」 


つまり息を吐くことが出来なくなって


亡くなる訳です。


愉快な時は 「ハハハ」 と吐き、


悲しく泣きじゃくるときは


息を吸っています。


赤ちゃんは受精後280日目に


母親の胎内から生まれ出ます。


そして身体が冷たい外気に触れると


それまで小さくたたまれていた


胸とお腹は一気に膨らみはじめ、


肺の中には外の新鮮な空気が


一気に流れ込みます。


この冷気の刺激は延髄(呼吸中枢)


に伝わり


その反射で大きな産声をあげさせます。


これが人間に於ける呼吸のスタートです。


赤ちゃんも最初は鼻呼吸をしていたのに


やがて進化を続けて立ち上がり、


二足歩行をするにつれて


鼻呼吸を忘れてしまいます。


しかし人間には息を吸う筋肉はあっても


吐く筋肉はないのです。


だから息を吐くことを心掛けることが


重要なのです。

気功の基本は吐納に有りと言うのも


此処にあります。


心臓は血液をそのポンプ機能で


体の隅々まで送り込みます。


でも血液を心臓まで戻す機能は


無いのです。


血液を心臓に戻すのは


筋肉の働きに依ります。


そして下肢から戻った血液は


肝臓の辺りで滞留しがちです。


それを腹式呼吸法により


横隔膜を動かし


滞留した血液の流れを


整える方法が有るのです。


そんな健康によい呼吸法の話や


幸せになる生き方等を


少しづつ綴っていきたいと思っています


ある若い夫婦の話である。 この家族は小さなアパート暮らし


ではあったが子供と三人で幸せに生活をしていた。

しかし共稼ぎをしないと生活は楽ではなかったので


若い夫婦は子供を保育園に預け遅くまで懸命に働いた。 

そして仕事を終えると母親は子供を保育園に迎えに行き


晩ご飯の支度をして旦那さまの帰りを待った。

一家団欒の食事はほのぼのと楽しいひとときであった。

食事を終え入浴を済ませ、また明日からの


小さな幸せを心に描きながら床に着くのであった。  

しかし一日中保育園で遊び、たっぷりお昼寝もした


子供にとっては


母親といるこの時間がとても嬉しくて


仲々寝付く事は出来なかった。


夫婦は子供を早く寝かせようと色々なお話しをしてやる。 



するとお話しが終わった途端に、


ねえもっとお話しをしてとせがまれるのだった。 

母親がどうあやしても子供は寝付こうとはしない。 


そこで夫婦にある一つの知恵が浮かんだ。

そうだパパとママとi一緒に電車ごっこをしよう。 


すると子供は目を輝かせ、 

「うん、どの様にやるの」   すると父親は云った 


 「うんこうやるんだ、 ママは線路になって・・・


          パパはその上を走る機関車になるんだ」 

「う~ん、じゃ僕は」     「うん、お前は機関車の運転手だ」 


「わあ~面白そう」   


 「この電車は夜に発車する電車だよ、さあ電気を消そう

   

                    なっ・・・なっ ‼ 」


父親は起き上がり電気を消した。


そして子供は父親の背中に乗って


父親は母親のお腹に乗った。 



「さあ、電車が出発するぞ。しっかりつかまれ」 


「わかったよ」    「シュッシュッポッポ、シュッシュッポッポ」


拍子を合わせて電車が楽しく ♪


そして少しずつ速く走り始めた ♪


ところがあまりにも速すぎて、運転手の子供は父親の背中から落ちてしまった。


 子供が叫んだ。


「パパ僕落ちたよ~   ・・・電車を止めて!」 


するとせわしく動いていた電車が息をはずませながら言った。


 「この電車は止められないから、人が落ちても


                   そのまま走るんだ!」


「じゃあ、僕はどうするの」 


父親は忙しい声で言った


 「次の駅でまた乗れ~ッ!」  


そしてせわしく走っていた電車は力強く警笛を鳴らしながら


叫び  そしてやがてゆっくりと止まった。


「パパ、電車は駅に止まる前に ウウ~ッ

                        

て言う警笛を鳴らして
                    


止まるんだ・・・   ね!」

白い犬に命を救われた話



47年前19歳の自分は多感な


少年時代を過ごしていた。


その年の2月今は無い秋保の


二口山荘でひとり朝を迎えた。



冬山を登る装備や山の知識など


まるでなかったが目の前の


山を登ることに心が突き動かされていた。


この山を登り切ることで自分の心に


何かが産まれると思った。


宿の玄関に立つとそこには


秋田犬の雑種だろうか、白い犬が


人なつこそうに尻尾を振って


私を待っていたかの様であった。


快晴の空に眩しくさえ見えたその犬の


頭を撫でてやった。




登山道はかなり深い雪であったが


歩き始めると白い犬は


私の後を着いてくる。


気にも留めないで暫く歩いたが


まだ白い犬は帰ろうとしない。


道は益々厳しくなってきた。


このまま進めば犬は我が家に


帰れなくなるだろうと思った。


私は白い犬に指をかざして


家に帰る様に促した。


それからも何度も促した。


でも一向に帰る様子はない。


そして10メートル位の距離を置いて


遠慮がちに何処までも着いてくる。


それからどれ位歩いただろうか


廻り一面真っ白の


雪深い冬山で道に迷ってしまった。



体力も限界で雪に倒れ込んだ時に


白い犬が後ろから


走ってきて雪に倒れ込んだ


私の襟首を噛んでグイグイと


引っ張り上げる。


この白い犬は私に何かを


伝えようとしている。


そう思った。私はこの白い犬に


全てを任せる事にした。


何度か倒れ込みながらまた白い犬に


引っ張られて


もうこれまでかと思って目の前の小高い丘を


あえぎながら登り切った。


すると遠くの方にかすかに


建物が見えてきた。


白い犬は私に道案内をしてくれたのだった。


この白い犬は自分の守り神だあと思いながら



辿り着いたその建物は山形県山寺の立石寺であった。



震災以降二口山荘に行ってみた。



そして山寺の立石寺にも詣った。



そこには私がかつて越えてきた二口峠に住まいした



山賊の頭目磐司盤三郎の墓がひっそりと佇んでいた。



此処は私の原点の地である。



 
この指とまれ