この指とまれ 呼吸法の話 健康の話 東日本大震災 尺八 大橋俊庸    -10ページ目

この指とまれ 呼吸法の話 健康の話 東日本大震災 尺八 大橋俊庸   

昼の星は目に見えない・命そこに宿る想いや心や魂も目に見えない・尺八の音色を楽譜に表すことは出来ない・そんな見えないものを大切にしてみよう

私は気について語らない


私は様々な呼吸についての本を


読んだり実践をしている。

今回は東京大学法学部を卒業し同博士課程を


経て現在明治大学文学部教授である齋藤孝

先生が永年研究してきた呼吸法の本の中で


言っていることを一部取り上げてみたい。


私は息の研究を永年して来ました。


この本の中でもそのことに触れずに来ました。

気というものは感じるだけのものです。

例えば仰向けになって太い幹を抱えるように


手を上げて寝ます。


その内に手を上げているという感じではなくて、


手が自然にそこに伸びているいるように感じる。

或いは手のひらでお腹を抱え込むようにしていると、


何か磁力で反発を感じるような感じがする。


そうすると疲れないでそのまま


五分でも十分でも上げていられる。


呼吸をする度に少し広がったり、


息を吐いた時に少し閉じたり



呼吸の動きで膨らんだり縮んだりする。


透明な大きなボールを抱いているような


弾力がある感じがする。

手のひらから磁力のようなものが感じられる。

これが気です。

気というものはそうゆうように誰でも


ちょっと意識すれば感じられるもので


自転車に乗るように簡単にできることです。

気というものは感じるだけのもの。


それ以上のものは無いとと私は考えます。

それについて語り出すと非常に


曖昧模糊とした胡散臭いものになってしまいやすい。

しかし呼吸に関しては、


深い・浅い・速い・遅い・というように


それぞれその状態の意味するところを


明確に説明出来ます。


『あなたは浅い呼吸をしています。それが私には解る』


と言った時、


当人にも周りにも一目瞭然で


そこには偽りもごまかしもない。

ですが 『あなたから今気が出ています。


あなたは感じないかも知れないが


私にはパワーが解る』 とか言われても、


当人がそれを感じられない限り


その言葉に意味はありませんし、


客観的に検証出来ません。

現代は、何とでも言えてしまうことを


道具として、人を騙したりすることが


あまりに多すぎる。


無いものを有ると言えてしまうし、


有るものを無いと言えてしまう。


私は気が無いとは言いませんが


現時点では多くの人の共通認識とするだけの


価値を見いだしてはいません。


私は身体を扱うに際して、


こと透明性というものを考えているので


「気」 については語らないのです。


気の世界と呼吸の世界はもの凄く近い。


しかし呼吸のことをよく知りたいからといって、


気の世界にはまりこむことで


世界が深くなるとは考えないことです。


気の世界を知ること自体は


悪いことではないのですが、


そこに深く沈潜していくことは


様々な危険性をはらんでいます。

私もいろいろやって貰ったことがあります。


二つのコップを目の前に置いて水を入れ、


片方のコップを手に取り


今このコップの方に気を送りました。


飲み比べて下さい。味が変わったでしょう。


また横になってみて下さい。


私がいまから気を送ります。


ほら体が軽くなって来たでしょう。


手も何も触れてもいないのに、


痛いところも楽になって来たでしょう。


お宅のこの食べ物には


添加物が入っているようですね。


だから今から手をかざして


添加物を除去すると同時に


奥様手作りの料理の味をまろやかにします。


「気の球を作ってあなたに載せましたよ。


んっ 解りませんか・・・載っている筈です」


などと言われると、


その内解らない


自分が悪いのかという心境になってくるし


第一無礼千万です。


そうなると自然に気を感じられる人と、


気を感じられない人の上下関係みたいなものが


出てくる。


いろんな人間関係を気で解決しようとしたり、


気を感じる自分を特別視して自分を閉じてしまったり


することもあります。


また普通に考えれば良い事まで


全てこの世界で説明したり気の力


で変えようとし始める。


気を扱う集団には非常にまずい形で


セクト化しているものがあるだけに


よくない傾向です。

同じ気でも楊名時さんの太極拳のようなものであれば

危険はないでしょう。


あれは太極拳を闘技としてではなく


ひとつの気の体操としてスポーツや


健康法の延長に位置づけています。



体を扱うに際しては気に注目するよりは


呼吸を整えるということに取り組んでいった方が


はるかに実用的で無理がありません。


以上ですが


私は個人的に健康を得る呼吸法について


興味のあるかたは

今年百歳を迎えて現在も現役の医師として


聖路加病院にて活動している


日野原重明先生が会長を務める


社団法人調和道協会の指導をお勧め致します。 

呼吸を感じる



人は自分と相手との距離感を


勿論頭で判断しているがその判断をするのに


自分の呼吸で間合いを計って頭で決断している。


同席するだけで息が詰まりそうになる相手・・・

一緒にいるだけで心が弾む相手・・・


そのような感情は頭で決断するより前に


呼吸で感じているのです。



息を合わせる・息が通う・息を凝らす


息を掴む・息がかかる・息の長い・息を盗む


欧米人はどうなのか解らないが


私達日本人は昔から息の間合いをはかって


生活をしてきた伝統的な文化を持っていました。


昔の侍が敵と対峙する時もじりじりとにじみより


相手との間合いを量ります。


押しては引き、引いては押して


相手との間合いを量ります。

そこでその間合いを的確


感じとれた者が勝利するのです。


それは日常会話でも同じです。

誰かがお話しをする時は瞬時に


相手の動きを見て話を相手に譲る。

そして相手の息の間合いを感じて


次にすっと話を返していく。

相手がお話しをしている時に



自分の話が被らないように出来るのは技です。



相手の呼吸を全く感じることなく


自分の話だけをするだけして、

そしてその相手が話を始めた時は、


もう他の誰かと違うお話しをしている。


そんなのは言語道断で息や間合いの話し以前に


会話とは言わないのです。


相手の呼吸を感じて相手の間合いを量り、


自分の呼吸をその呼吸に重ねて返して行く。


それは本来


グッと息を溜める日本人の伝統文化の技なのです。

有酸素運動の勧め



筋肉には目には見えず


骨格にへばりつくインナーマッスルと云う筋肉と、


目に見える外見上につくアウターマッスルと云う


筋肉がある。


インナーマッスルは例えば道路の横道から


ふいに出てきた人を咄嗟にかわす等の時に


使われる筋肉である。


そのインナーマッスルは有酸素運動にて


動物のナマケモノが動くが如く


ゆっくりゆっくりとした動きによって鍛えられる。


アウターマッスルは俊敏な動きを必要とする


運動や重い物を一気に持ち上げる動作の


運動によって鍛えられる。


しかしこの運動をする時体内では


活性酸素が生成される。


スポーツによる副作用で最大のものは


激しい運動をする過程で生成される


活性酸素です。


活性酸素は過酸化物を生成させる為


毒性を生じ細胞にあるミトコンドリアに


ダメージを与えます。


また活性酸素は老化や病気の


90%を占める主犯と言われています。


老いる事により体の細胞が酸化され


錆びてボロボロになって行きます。


激しいスポーツや肉体的に


きつい仕事・ストレス・電磁波


食品添加物・アルコール


タバコなどで大量に酸素を消費した時


活性酸素が体内で発生します。


だから有酸素運動により


インナーマッスルを鍛える運動が


一番人間の体には適しています。


例えて言えば太極拳やヨガそして


その様な動作に付け加えて臍下丹田に


力を込めて行う順式腹式呼吸や


逆腹式呼吸を行うのが


体には最適な運動なので有ります。