それでもそれでも | BLACK-SKY

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ひとりごととか、小説だとか。

取るに足らない言葉たちの遊戯会。



感動大作、とか

銘打ってる作品に限って白けるなって思ったときに、


どうしても泣くべき場面で泣けなかったりするのは、


盛り上げ方がいかにもそれっぽくわざとらしいから。


製作側が「泣け…泣け…」ってうしろがわで囁いてる気がするから。






セカチューみたく「助けて下さい」ってパニック起こしたりしちゃうと、

感情移入できてる人は「ああ」って号泣するけど、


そうでない、私みたいなひねくれたヤツは泣けない。




じゃあ私は何で泣いたんだ?と問うたとき、

思い浮かべたシーンがどれも静的なものだったなと。





「容疑者Xの献身」で石神の犯罪の内容が露呈したとき、

たぶん石神本人が涙ながらに暴露していれば白けてた。


湯川という第三者が淡々と真実を語ることで、そのときは泣けたと思う。




「100回泣くこと」で佳美が死んだとき、

藤井が取り乱してたりしてたら、多分そこで白けた。


あくまで淡々と彼女は死んだ、と書いたことで、多分いい感じの余白が生まれた。




だからあくまで私の考える感動性には、

客観視という要素が不可欠なのだなと昨日不意に悟りました。









って、めっちゃバーー書いたけど

結局何が言いたかったんだろうね(笑)←



あくまで私の考える感動性を述べただけで、

でもそれをブログにupしたことは多分何の意味もなくて、


単にブログという形で考えたことを残しておきたかっただけで、




多分これはブログという名の少々長すぎる空さんのメモなのでした。




本当に何がしたかったんだろう(笑)





強いて活用法があるとすれば、

今後悲恋を書くとしたときの覚え書きみたいなもんか。



どっちにしろここまで読んでくれた皆さんのプラスにはならないです(笑)


無駄な時間を過ごさせてしまいましたことを

ここに深く反省致します (・∀・)ァヘ