窓で四角く切り取られた枠の中、純白の雲が、尾をたなびかせ優雅に泳いでいる。
雲は雨を降らせるためにあるというのなら、
雨雲でない彼らは何故この世に産み落とされたのだろう。
なんていう哲学的でロマンチックな思考が脳内を駆け巡っていくのも、
ひとえに淡く不確かな空と、隣にいる岩崎のお陰だろうと思う。
岩崎と何となく仲良くなり、もう一週間が過ぎ去ろうとしている。
昼休み、僕らはお喋りを楽しむ訳でもなく、ただ窓から身を乗り出し、ぼうっと景色を眺めていた。
バーベキューコンロにでも憧れたのかの如く、太陽が僕らをじりじりと炙る。
それでもただただ、切り取られた中で動いていく世界を、
僕を乗せずともきちんと動いていける世界を、何をする訳でもなく僕は眺め続けた。
「あのさぁ」
不意に岩崎が退屈そうな声を放ってよこした。
「ん」
僕は惰性で言葉を投げ返す。
「それさ、楽しいの?」
「別に」
「じゃあやめちゃえよ」
「嫌だよ」
「へぇそう。じゃあ好きにしろ」
そんな暴力的な言葉を放ったにも拘わらず、岩崎は窓枠から身を乗り出したまま動こうとしない。
何なんだ、全く。
「嫌ならいいよ」
僕は岩崎の端正な横顔に促してみた。
「は? 嫌なんて言ってない。ただ」
ただ、何?
「なんか、一人にしてたら壊れそうだなって」
そう呟いた岩崎の瞳が、少しだけ、揺らめく。
「……何で?」
「言ったじゃん、面白いほど顔に出るんだって。失恋でもした?」
「なっ」
「図星? そんな顔してるもん」
窓枠の向こうの世界は、太陽を覆った雲のせいで、少しだけトーンが暗くなった。
こちらの世界で煌々と降り注ぐ蛍光灯の光を、お裾分けしてやりたくなる暗さ。
僕も岩崎にそんな風に見られていたのかと思うと、少しだけ手汗が滲んだ。
惨めなものだ。
「隣のクラスの、飯田」
自分でも驚くほど唐突に、僕の口から彼女の名が零れ落ちた。
「ああ、飯田。あのジメジメした子」
何に納得したのか、岩崎がうんうん頷いた。
さっぱりしていて活発な岩崎には、少し大人しいだけの飯田もジメジメした子に映るのだろう。
特に可愛い訳でもなく、取り立てて特技がある訳でもなく。
それでも好きだった。
「何、告ったの?」
岩崎が声を潜めた。拍子に横でざっくり束ねた髪が、鎖骨の辺りに居座る。
「ううん」
「ああ。リア充」
「そういうこと、らしいね」
生憎僕は、君が幸せなら、なんて言えるような寛大な奴じゃない。
だからこそこうして、煮え切らない思いを燻らせている。
思わず溜め息を漏らすと、腰の辺りに岩崎の回し蹴りが炸裂した。
「つっ……ちょ、何して」
「幸せが逃げるんだっつーの!」
「もう逃げて――痛ぇっ」
「黙れ。ネガティブはポジティブを生まない、かくて幸せは生まれない」
「いい言葉だ」
「明日だけ見つめてろ」
「はい」
「振り返るな」
「はい」
「きっといいことあるからさ」
そこまで言い終えると、岩崎は偉そうに組んでいた腕で僕の肩を強く叩いた。
岩崎らしい、文字通り痛烈なエールだ。
――明日だけ見つめてろ。
切り取られた閉鎖的な世界から、今はもう僕の居場所ではない世界から、岩崎へと目を移す。
全然好みではない尖った顎も、切れ長の目も、どこか輝きを増して見えた。
蝉が始めた歓喜の大合唱を存分に浴び、僕にはもう、岩崎しか見えていない。